剛毛は何のために生える? -その3-

 250種以上もある炭疽病菌の中にはまれにスゴ技を備えた剛毛を持つものがあります。広義のC. gloeosporioides, C. orbicuraleC. theobromicola(=C. fragariae)は剛毛の先端に分生子を形成します(Baxter et al., 1983; Gunnell and Gubler, 1992; Damm et al., 2013)。(C. theobromicola は広義のC. gloeosporioides(種複合体)に含まれるのでBaxter et al.(1983)が報告した菌株はC. theobromicolaの可能性があります。)筆者の知る限りでは常に剛毛の先端が分生子形成細胞になるのはC. theobromicolaです(図 1)。宿主の表皮の上(培地上では分生子粘塊の外)に伸びた剛毛の先端で連続的に分生子を形成します(図 2)。このタイプの剛毛は通常のものとはまた別の役割を持っているように見えます。食菌性の虫から分生子や形成細胞を守るというよりもむしろ、先端に形成した分生子を虫や小動物に付着させ、運ばせているのではないかと思えてしまいます。この種は熱帯・亜熱帯地域に生息し、イチゴ、リンゴ、アボカド、カカオ、マンゴー、バンレイシなどの、また、国内でも小笠原諸島からアテモヤやバンレイシ類の果実を侵すことが報告されています(森田ら,2015;佐藤ら,2017)。果実にこの菌が感染すると腐敗した部分にハエ類など虫がたかると考えられますが、その際剛毛の先端に形成された分生子が足や体に付着することは容易に想像できます。なぜなら、剛毛先端の分生子は通常の分生子塊のようにかたまっておらず、病斑の表面から高い位置にできるため、より効率的に虫に付着するはずだからです。ちょうど雄しべ先端にできた花粉のような感じです。実際、ミツバチの体にC. gloeosporioidesC. acutatumの分生子が付着してカンキツ類の花に運ばれ感染することが報告されています(Gasparoto, 2016)。一方、罹病果実などが地上に落ちてC. theobromicolaが越冬するときは分生子形成を終え、今度は-その1-で考えたように落葉層のダニなど食菌性の虫から子実層を保護するのではないでしょうか? さらに、この菌の剛毛は-その2-で説明したような乾燥防止や紫外線除けの働きもするでしょうから、十徳ナイフのような優れモノと言えそうです。

 なお、C. orbiculareC. theobromicolaほどコンスタントに剛毛先端で分生を形成しないようですが(Damm, 2013)、ウリ類の果実を侵しますから、それには同様の役割があるのかもしれません。また、分生子層は作りませんが、炭疽病菌が所属するGlomerella目にはC. theobromicolaの剛毛の分生子形成をほうふつとさせる種がいくつかあります(Réblová, et al., 2011)。これらも植物宿主の表皮を破って伸ばした剛毛の先端に分生子を作るところから、同様に分生子の効率的分散を行っているのではないでしょうか? 近縁関係にあるC. theobromicolaの剛毛はその血を受け継いでいるのかもしれません。地道な観察と罹病果実に訪れる虫を用いた実験により、実際にC. theobromicolaなどの剛毛が虫に分生子を運ばせているか確かめてみたいものです。

図の1と2はC. theobromicolaで,1は宿主上の剛毛先端に形成される分生子,2は表皮の外側に伸び出た剛毛先端に付着する分生子である.

引用文献

Baxter, A., Westhuizen, G. D., Eicker, A. 1983. Morphology and taxonomy of South African isolates of Colletotrichum. S. Afr. J. Bot. 2: 259-289.
Damm, U., Cannon, P.F., Liu, F., Barreto, R.W., Guatimosim, E. and Crous, P.W. (2013). The Colletotrichum orbiculare species complex: Important pathogens of field crops and weeds. Fungal Divers. 61: 29–59.
Gasparoto, M.C.G., Lourenço, S.A., Tanaka, F.A.O., Spósito, M.B., Marchini, L.C., Silva Junior, G.J., Amorim, L. 2016. Honeybees can spread Colletotrichum acutatum and C. gloeosporioides among citrus plants. Plant Pathol. 66: 777-782.
Gunnell P.S., Gubler W.D. (1992). Taxonomy and morphology of Colletotrichum species pathogenic to strawberry. Mycologia 84: 157–165.
森田琴子, 菅原優司, 蓑島綾華, 星秀男, 吉澤祐太朗, 鍵和田聡, 石川成寿, 堀江博道 2015. Colletotrichum theobromicolaによるアテモヤ炭疽病 (新称) の発生.関東病虫研報 62: 73-77.
Réblová, M. Gams, W., Seifert, K.A. 2011. Monilochaetes and allied genera of the Glomerellales, and a reconsideration of families in the Microascales. Stud. Mycol. 68:  163–191.
佐藤豊三・森脇丈治・青木孝之・根本博 2017. Colletotrichum gloeosporioides 種複合体所属菌株の分子再同定に基づく複数作物炭疽病の病原学名変更.日植病報 83: 43.