己を知り学生を知らば百答危うからず(その2)

 前回に続き、新潟食料農業大学の植物病理学の授業で学生から受けた質問とその回答を紹介します。

問(中国人留学生から):「病害」は微生物による短時間・大面積の伝染により植物が正常なライフサイクルを完結できなくなる一連の異常の総称である、と中国の植物保護技術で定義されている 。雑草の病気は病害として扱われておらず、生理異常とされている。日本ではなぜ雑草でも病害と呼ぶのか?

答:雑草が病気になっても被害にはならないため、経済的には「病害」とは言えないが、ホトケノザやスベリヒユがコマツナ炭疽病の伝染源になっているなど、作物と共通の病原微生物が雑草に寄生する例は多く、作物病害の伝染源として重視すべきである(参照:折原紀子ほか,2012)。その意味で、耕種的病害防除では耕地と周辺の除草は常識となっている。また、雑草(野草)の中には環境維持に役立つものや希少種もある。生物多様性維持の観点から雑草(野草)の病気(病害)も無視できない。したがって作物と雑草の病気は病害として一体的に研究し学ぶことが必要である。

問:マツ材線虫が九州から始まり2010年には青森以南まで蔓延したとのことだが、青森まで北上したのは地球温暖化(によるマツノマダラカミキリの分布拡大)も関係しているのか?(陸続きなので北上しただけ?)

答:温暖化も地続きも関係したと思われる。青森県以南はマツが連続的に分布し、新型コロナウイルスと同様に、マツノザイセンチュウを運ぶマツノマダラカミキリにも県境はなく北上を続けた。マツノマダラカミキリは温暖なほど分布拡大が早いと言われ、2011年本病の自然感染の認められた青森県から「秋田県の被害地の北上や地球温暖化の影響などにより、被害の侵入・拡大の危険性は高まっており、・・・」と報告された(木村公樹,2013)。本病が西日本から東北全域に広がるのは時間の問題であった。(補足:同様に、カシノナガキクイムシが運ぶDryadomyces quercivorus (Raffaelea quercivora) が起こすナラ枯れ(ナラ類萎凋病)が関東で広がりつつある。今夏つくば市ではこの病害によると思われるナラ類(コナラ・ミズナラなど)の立枯れが急激に増えた(図1)(参照:升屋勇人,2023)。

図1.A:コナラ萎凋病(ナラ枯れ)による立枯れ症状,B:キクイムシの穿孔による木くず,C, D:材の褐変とキクイムシの食入痕.

問:病害と害虫の被害はどちらの方が大きいのか?

答:被害は虫害の方が大きい。ちなみに、約30年前の試算では、雑草害が農業生産に与える損害が最も大きく29%、次が害虫の23%、3番目が病害の18%で、3者に対して何も対策をとらないと、収益は30%に落ち込むとのこと。また、国内で行われた17年間にわたる病虫害・雑草害の無防除栽培試験では、葉菜や果樹ではほぼ収益0になるものが多かった(日本植物防疫協会,2008)。

問:毒性がないか弱い農薬があるか?

答:現在は毒性の高い物質は農薬として登録できない。使用されている農薬(殺虫剤・殺菌剤)の多くは、ニコチン(タバコ)やカフェイン(チャ)・カプサイシン(トウガラシ)よりも毒性が低い(白石ら,2012)。ちなみに「毒物及び劇物取締法」では、ニコチンは毒物と劇物の境界物質、カフェインとカプサイシンは劇物であるのに対し、除虫菊由来のピレトリンや合成殺虫剤アセフェート、殺菌剤のイソプロチオラン、ベノミル(食塩より低毒性)、フルトラニル(エタノールより低毒性)は普通物に該当する。殺虫剤や殺菌剤の散布時にマスクをし忘れるよりタバコやコーヒー・茶を頻繁に飲み、あるいは激辛料理を食べ過ぎる方が命を縮めることになる。使用基準が守られていれば、農薬の使われた作物は上記のような嗜好品より安全と言える。したがって、最近農薬は人体に対してよりも、害虫以外の昆虫などや微生物全般(環境生物)に対する影響を重視すべきと考えられる。
(補足:今年9月、米国マサチューセッツ州に住む14歳の少年が、タバスコの500倍の辛さというトウガラシがたっぷりついた激辛チップスを食べる我慢比べをしたあとに死亡したという。特に未成年者がカプサイシンを多く摂取すると消化器からの出血や不整脈などを起こし、最悪の場合死亡する可能性もあると医師は警告している。ちなみに、辛さの単位スコビルでは、辛みのないシシトウガラシの0から米国の品種ペッパーXの3,180,000まで様々(タバスコソース:8,000、鷹の爪:30,000、純品のカプサイシン:16,000,001 by Chili Chili Magazine)。

問:違う品種を育てれば病気になる作物は減るそうだが、近くに病気の作物があることで違う品種にも似たような病気にかかることはないのか?

答:病原微生物には病気を起こせる植物が限られているものと広範囲に及ぶもの(多犯性病原体)がある。例えば、国内だけでも250種近い植物に感染する灰色かび病菌(Botrytis cinerea)などの多犯性病原菌が近くの作物に感染していると、他の品種や作物でも伝染、発病することはある(図2)。

図2.灰色かび病:トマト(左),アネモネ(中)、バラ(右).

問:病害は色々な場所(山や畑など)で発生しているが、撲滅できないのはなぜか?
答:病原微生物は元々自然界で寄生生活を送っていたが、農耕が始まって病原体となったため、畑や山地の狭いエリアだけに生息しているわけではない。例えば、農耕地だけでなく山野までくまなく殺菌剤を散布するなど防除対策をとることは事実上不可能だから。

問:ドローンと人工衛星(リモートセンシング)では、どちらの方がより的確な病害診断ができるか?

答:人工衛星は広範囲の、ドローンは狭い面積の病害検出に向いており、例えば、前者は新潟県平野部の水田など平坦な大規模栽培で、後者は中山間地の高低差のある小規模な田畑や傾斜のある耕地で威力を発揮する。より細かく的確な病害診断を行う点では作物に近づくことができるドローンの方が優れているといえる。

問:感受性植物のなかで個体差により病気が現れにくいものもあるか?

答:作物(栽培植物)の感受性品種では、個体差を排除(遺伝的均一性を志向)するように育種されているが、少ないながら病気の現れにくい中度抵抗性の個体が含まれている。実際、そのような個体を選抜して病害抵抗性品種を育成してきた(選抜育種:八木雅史ほか,2006)。一方、野生植物では遺伝的多様性が高いため、ある病気に感受性の種の中にも病気にかかりにくい(抵抗性)個体は、一般に栽培植物よりも多い。それらの遺伝子を近縁の栽培植物に導入することにより当該病害の抵抗性品種を育成する方法もある(交雑育種など:山本伸一,2020)。

問:ウイルス撲滅の定義は何か?

答:例えば、天然痘ウイルスは1958~1977年WHOが主導したワクチンの100%接種による集団免疫の実現と、その後の感染者周辺への予防接種による封じ込めが成功し1980年に撲滅された。天然痘ウイルスはヒト以外に寄生しないため、ヒトで発病が見られなくなれば撲滅と判断できる。インフルエンザウイルスやコロナウイルスなどの人獣共通病原体では事実上撲滅は不可能。植物ウイルスでも撲滅の定義は同様と考えられるが、人獣共通感染ウイルスの「獣」に相当する野生宿主植物があり、また、もし宿主範囲内の植物で発病が見られなくなっても潜在ウイルス化する可能性もあり、撲滅の確認は難しい。

問:ファイトプラズマが培養できない理由は何か?

答:ファイトプラズマは植物の師部柔組織細胞内と昆虫(ヨコバイ類)体内で増殖し、TCA回路、電子伝達系、F型ATP合成酵素、ペントースリン酸経路、アミノ酸・脂肪酸合成経路などの合成代謝遺伝子を失っているためと考えられる。つまり、ファイトプラズマは生命維持機能を全面的に植物や昆虫の細胞に依存しており、宿主細胞の外では生きられないから。

問:遊走子のべん毛の数や形は何を意味しているのか? べん毛の数が多い遊走子の方が動きは速いのか?

答:むち(尾)型べん毛は1本で主にべん毛運動(ドルフィンキック型)、複数べん毛で繊毛運動(平泳ぎ型)とべん毛運動を行う。羽型べん毛(管状小毛を持つべん毛)はべん毛運動により細胞に逆向きの推進力(べん毛を前に向けて泳ぐ力)を与える。遊走速度はべん毛の数にも左右されるが、運動のタイプも関わると考えられる。べん毛運動は波がべん毛の基部から先端に向かう運動であり、繊毛運動は推進力を生み出す有効打と元の位置に戻す回復打を繰り返す運動(参照:鞭毛菌類)。べん毛が1本の場合、同じサイクルであれば、べん毛運動の方が早いのでは? また、複数のべん毛は1本よりも推進力は増え、繊毛運動では同調して動けばさらに推進力が増すと考えられる(平泳ぎは片足より両足の方が速い)。

問:発病植物体上に病原(標徴)が現れないものには例えばどんなものがあるのか、それらはどのように診断するのか?

答:多くのウイルス病や土壌病原菌による萎凋性や根腐れ性の病害などは標徴が現れない。その場合はモザイク症状や道管褐変など病徴を基に診断するが(図3)、それでも診断できない場合は病原菌の分離・同定、ELISAなどの抗原抗体反応やPCRなどの遺伝子診断を用いる。

図3.ウラルカンゾウ根茎の道管褐変

問:遺伝子組換え技術を用いて作った病害抵抗性植物はあるか?

答:海外ではパパイヤ輪点ウイルス抵抗性の遺伝子組換えパパイヤが実用化した。また、2012年当時、日本では複合病害抵抗性の遺伝子組換えイネが開発されていた。

問:多くの品種を混植した場合でもひどい病害が起きることがあるか?

答:多くの品種がある病害に抵抗性を持っていないときは発病により被害が起きる。また、栽培中の多品種が多様な抵抗性を持っていても、病原のスーパーレース(どんな抵抗性品種も侵す病原)が感染すれば発病し被害が出る。ただ、スーパーレースは多くの抵抗性遺伝子を組み込んだ1品種を大面積で連作した場合に出やすい。一つずつ異なる抵抗性遺伝子を持つ複数系統をいくつかブレンドしたマルチライン(感受性系統も加える場合あり)は、被害が出ない程度に当該病害が発生し、病原菌のスーパーレース出現を阻止できる。(参考:イネいもち病菌のレース) 

問:病害により全滅した作物はあるか?

答:地球規模ではないが、地域的には19世紀の疫病菌によるアイルランド産ジャガイモの壊滅的被害ジャガイモ博物館)、さび病菌によるスリランカ(セイロン島)のコーヒーの絶滅東京寿園)、一部の国内産地ではビッグベイン病武蔵野種苗園)(図4) によるレタスの産地消滅などがある。

図4.レタスビッグベイン病(左)、レタスビッグベイン病を媒介する
Olpidium属菌の休眠胞子(右:森隆充氏原図)

問:樹木と農作物に共通の病原はあるか?

答:真菌類では紫紋羽病菌(宿主:広葉樹・果樹・サツマイモなどなど国内で100以上)、および炭疽病菌(宿主:広葉樹・果樹・イチゴなど国内で300以上)、細菌では軟腐病菌(宿主:クワ・ナシ・マンゴー・アブラナ科野菜類など国内で約80)、線虫ではネグサレセンチュウ類(宿主:スギ・トドマツ・カンキツ類・ジャガイモ・トマトなど国内で約50)、ネコブセンチュウ類(宿主:アカシア類・イチジク・アズキ・レタス・コムギなど国内で約330)(図5)、ウイルスではキュウリモザイクウイルス(宿主:アジサイ・ウメ・カブ・キリ・ヒマワリなど国内で約120)などのいわゆる多犯性病原がある。

図5.ミシマサイコ根こぶ線虫病(左:地上部の生育不良,右:根こぶ)

引用文献

日本植物防疫協会 2008. 病害虫と雑草による農作物の損失.日本植物防疫協会 40 p.
白石友紀・昭光和也・一ノ瀬勇規・寺岡徹・吉川信幸.2012. 新植物病理学概論.pp. 23–25.養賢堂,東京.