己を知り学生を知らば百答危うからず(その11)に引き続き、微生物学概論の講義で受けた質問と回答を紹介します。
問:動物ウイルスで大規模な感染症の流行が起こったとしても、ある時に急激に流行が収まることがあるが、なぜこのような現象が起こるのか?
答:人間以外の動物では、ある病原体に抵抗性のない個体が死に絶え、あるいは感染しても生き残った個体が免疫を獲得するため流行が収まる。一方、病原力の強い株が蔓延するにつれ変異の頻度も高まるため、感染力が強く病原力の弱い変異株が現れ、それが優占することにより集団免疫が付くから(*感染力と病原力は別の遺伝子でコントロールされている)。これはワクチンを7割以上の人に接種する人間の予防対策と同じ(歴史が示唆する新型コロナの意外な「終わり方」 東洋経済オンライン)。
問: 動物から人間へ感染する病原は多いが、人間から動物へ感染する病原はあるか?
答:多くの人獣共通病原は双方向で感染・蔓延する。例えば、重症急性呼吸器症候群(SARS)、狂犬病ウイルスは全ての哺乳類に感染する。その他、炭疽、ペスト、結核、腸管出血性大腸菌感染症、細菌性赤痢、アメーバ赤痢、カンジダ症、サルモネラ症、カンピロバクター症、ブドウ球菌症などがある(人獣共通感染症 国立感染症研究所)。
問: 蜂蜜は1歳未満の幼児に与えていけないというが、幼児に影響が出ない程度まで菌を減らす殺菌方法はないのか?
答:幼児の腸内環境が整っていないため、稀に蜂蜜に含まれるボツリヌス菌の毒素による中毒が問題となっている。芽胞を形成するボツリヌス菌の耐熱性は120℃・4分間であるため、121℃・20分間の高圧高温滅菌か、家庭では100℃の間欠殺菌により死滅させることは可能だが、強力な毒素が問題なので幼児に蜂蜜を与えるのは避けるべきである(ハチミツを与えるのは1歳を過ぎてから 厚生労働省)。
問:今まで陸上生物の病原は学んだが、海中生物の病原にはどんなものがあるのか?
答:人間や陸上動物と同様に、魚類や海生動物には様々なウイルス病、細菌病、真菌病、病原原虫(寄生虫)がある。また、海藻には細菌病や菌類病もある(第58話 シリーズ 水中の不思議なミクロの世界 ~その5~ 水生動植物の病原体 -増・養殖業にとっての大敵- 理科好き子供の広場)。植物病原菌として知られるFusarium solaniをはじめ、F. graminearum、F. oxysorumおよびF. moniliformeがクルマエビのフサリウム症をおこすことが知られている(図1)(畑井、2009)。その他、甲殻類では例えば腸炎ビブリオ (Vibrio parahaemolyticus) などビブリオ属細菌の毒素産生株によるクルマエビの急性肝膵臓壊死症 (AHPND) は、エビの養殖で猛威を振るう(エビの急性肝膵臓壊死症(AHPND)について 農林水産省)。

図1.左:Fusarium solani(大分生子・小分生子),F. graminearum(大分生子・大分生子形成細胞),F. oxysorum(大分生子・小分生子・亜球形の厚壁胞子).
問:記録に残っているなかで最も長く生息した微生物は何か?
答:米国オレゴン州に生息するオニナラタケの菌糸は面積約9.65km²(東京ドーム200個分以上)、重さ7,567t~35,000 t、推定2,400~8,000歳と言われている(【世界一大きな生物】驚異の「オニナラタケ」 地下に広がる大帝国 子供のギモン?大人も…ギモン?、オレゴンの山奥に潜む、世界最大の巨大生物「ヒューマンガス・ファンガス」とは? サライ)。
問:なぜHIVウイルスは今でもワクチンがないのか?
答:例えば、現存する複数のウイルス株は他のどのウイルスよりも速いペースで変異を続けていることが理由の一つ。ある型のHIV株に有効なワクチンでも、他の型には効かないこともあり、開発してもすぐ効果がなくなる可能性が高いから。また、性交渉で最も頻繁に感染が広がるという点、HIVウイルスは自然免疫の内容がはっきりしないこともある。さらに、HIVが感染してエイズを発症する実験動物が見つかっていないことも開発の足かせになっている(HIVワクチン ウィキペディア)。とはいえ、そのような困難を克服するためHIVウイルスのワクチン開発は続けられている(HIVワクチン候補、臨床試験で97%に免疫反応「重要な一歩」 CNN)。
問:バナナ炭疽病(斑点の病気)は、普段買うバナナに良く付いている斑点と同じか? また、体への影響はあるか?
答:バナナを常温で置いておくと普通に生じる褐色の斑点は老化に伴う生理的斑点で、食べ頃を表すスイートスポットと呼ばれる。炭疽病はもっと黒く大きな斑点ができる(図2)。時間が経つと表面にオレンジ色の分生子粘塊が現れる。皮だけが腐敗している初期の病斑は皮をむけば無害だが、褐色に腐敗した果肉は食べない方が良い。

図2.左:バナナ炭疽病の病斑(矢印,その他の淡褐色斑点はスイートスポット),右:炭疽病の病斑上に形成されたColletotrichum musaeの分生子粘塊.
問:植物がウイルスに感染するとどれくらいの範囲に広がるか?
答:伝搬方法によるが、種子伝染や栄養体伝染するものが輸出入により、あるいは民族の移動に伴い世界的規模で広がる(夏秋啓子 変異・拡散する植物ウイルスの謎 東京農業大学)。サツマイモの苗がSweet potato feathery mottle virus (SPFMV)に感染していると斑紋モザイク病が発生し、媒介昆虫のモモアカアブラムシにより畑全体に伝染する(図3)。

図3.サツマイモ斑紋モザイク病.
問:有害微生物を侵入させないために植物はどのような対策をとっているのか?
答:植物自身の防御機構であれば、ファイトアレキシン・PRタンパク質の生産、 過敏感反応、ウイルス感染に対するRNAサイレンシング、ETI (Effector-triggered immunity) などがある。植物病理学の講義で紹介した「日本植物 病理学会(2019):植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース ブルーバックス」で分かりやすく解説されている。
問:キュウリを育てていたらある年を境に毎年葉に病気が出るようになった。(病原)微生物は冬の間土の中などで生息しているのか?
答:越冬場所は何の病気(病原体)かによる。キュウリモザイクウイルスは周辺雑草に感染して、うどんこ病菌は子のう果が枯れ葉や土壌表面で、疫病菌は卵胞子が枯れ葉・茎内で、青枯病菌は病原細菌が土壌内で、灰色かび病菌・菌核病菌は菌核が土壌表面で越冬する。また、Fusarium属菌やVerticillium属菌など土壌病原菌は厚壁胞子や微小菌核が土壌中で、ネコブセンチュウは卵や植物根内の成虫で越冬する。また、多くの病原体が種子などの増殖体に侵入・付着しており次作の伝染源になる(農作物を病気から守るために。伝染性の病原体に植物が感染するメカニズムを知る! Think and GrowRicci カクイチ)(図4.4ー10)。

図4.4. シャクヤク葉上のうどんこ病菌子のう果,5. 4の顕微鏡像,6. 疫病菌の造精器・造卵器・卵胞子,7. トマト茎の中の菌核病菌の菌核,8. Fusarium属菌の厚壁胞子,9. Verticillium属菌の微小菌核,10. ネコブセンチュウの卵と幼虫.
問:植物病原細菌の生存形態は今後土壌生存型細菌や植物体内生存型細菌のほかにも増える可能性はあるのか?
答:主にその2タイプと言われている。だが、最近、種子伝染性(種子内外で生存)の植物病原細菌が種苗業界で問題になっており、輸出入における迅速検出技術の開発が求められている(木戸ら、2018)。
問:先生は人生において何を残しますか? また、残せましたか?
答:「虎は死して皮を残し、人は死して株を残す。」という信条のもと、研究成果とともに微生物学で重要な微生物の約2,600培養株を、誰でも研究用に使えるように保存し公開した。なお、新潟食農農業大学では4年間で45菌株を分離・収集し農業生物資源ジーンバンクに登録・保存した(図11-15)。これらの菌株と研究成果により後世に貢献する基礎を築いた(微生物遺伝資源の詳細 MAFF 240517、 微生物遺伝資源の詳細 MAFF 247238、農研機構農業生物資源ジーンバンク)。

図11-15.新潟食料農業大学内で採集、分離された菌類,11.ナス茎枯病菌の分生子形成,12.ブドウ晩腐病菌の分生子形成,13.オオムギ斑点病菌の分生子,14.サツマイモ病斑上の黒斑病菌子のう殻頸部先端の子のう胞子塊,15.サツマイモ黒斑病の菌子のう殻