己を知り学生を知らば百答危うからず(その9)に引き続き、微生物学概論の講義で受けた質問と回答を紹介します。
問:人間に不利益な大腸菌O-157などの細菌をなくすことはできないのか?
答:腸管出血性大腸菌O-157は人獣共通病原菌であり(腸管出血性大腸菌 O157 について:LAB. and PEACE)、そのベロ毒素遺伝子は赤痢菌からバクテリオファージを介して水平移動したと考えられている(ベロ毒素:ウィキペディア)。仮に一旦なくすことはできても、人獣の腸内や環境に常在している大腸菌に再び赤痢菌からベロ毒素遺伝子が移動しうるため、撲滅は極めて困難と考えられる。
問:極限環境微生物はどのようにして発見されたのか?
答:20世紀前半、高度好塩菌の報告から始まり1970年前後の好熱菌や好アルカリ菌の発見が相次ぎ、その存在が認識され積極的に極限環境で探索が行われた。例えば、好アルカリ菌は掘越弘毅氏がたまたまある時アルカリ性の環境で試料を培養したところ、たくさんの微生物が生育してきたことが発端で見つかった(掘越, 1986)。また、1977年、ガラパゴス諸島沖合の海底に深海底熱水孔が発見されたことを契機に、世界中の様々な深海底熱水孔環境から多くの極限環境微生物が見つかってきた。高い気圧下で生育が良好な好圧菌は、1950年代後半から存在が予測され分離が試みられていたが、その後圧力培養の技術が進歩して1979年ようやく分離に成功した(加藤・高井, 2000)。さらに、近年発達してきた分子生物学的手法がバクテリアの遺伝子型の解明にも応用され、特に培養が困難な極限環境下に生息するバクテリアの実態が1990年代に入って急速に明らかになった(加藤ら, 1997)。
問:藍藻類(シアノバクテリア)は、なぜ以前まで藻類と分類され、今は真正細菌になったのか?
答:植物や緑藻類と同様に光合成色素クロロフィルaを持ち基本的に単細胞であるが、群体や糸状体となる種もあるため当初微細藻類(真核生物)と見なされた。しかし、核(核膜)がなく外膜とペプチドグリカンから成る細胞壁をもち、グラム陰性菌に該当するため真正細菌(原核生物)に移された。ちなみに、約10億年前、シアノバクテリアの祖先が他の原核細胞の中に入り込んで植物や緑藻類の葉緑体になったとする細胞内共生説がある。この定説に従えばシアノバクテリアと同様に植物や緑藻類がクロロフィルaを持つことが説明できる(光合成色素:光合成の森、光合成の教室)。
問:変形菌ジクホコリの子実体とそれになる前の変形体の色が違うのはどうしてなのか(ジクホコリ、変形菌 美しくも不思議な生き物:National Geographic)?
答:ジクホコリの色素をもつ可視変形体の色は原形質の色と考えられる。子実体の柄は中空の膜で無色(白)の場合が多く、胞子の入った子のうの壁は1層~3層からなり、膜質、軟骨質、石灰質、殻質など質感は多様で、一部の子のう壁は薄い複数層からなり、干渉光によって金属光沢色を示す。子のう壁表面に石灰が沈着していることがあり、白色以外に黄色や青色などに着色していることもある。これにはマンガンやバリウム、亜鉛などの無機イオンが関わっているとされる(変形菌:ウィキペディア)。
問:寄生関係では寄生する側は得をするが、寄生される側(宿主)は損をする。宿主は自己の免疫等で寄生されることを防ぐことはできないのか?
答:もちろん宿主には同じ種の中に寄生微生物に対する免疫機構を発揮する系統がある、あるいは突然変異などで生まれるため絶滅することはまずない。宿主を個体レベルで見ると寄生は生存のリスクやデメリットになるが、集団で見ると寄生で間引かれることで特定の種が増えすぎて生態系のバランスが崩れるリスクを回避できている(図1)。文明の発達に伴い人間に寄生する病原体や寄生虫が排除(感染症などが克服)されて人間が増えすぎてしまい、地球生態系が危うくなっている現実を見れば理解できる(宿主を守るものも 迷惑者と言い切れない寄生生物たち:日本経済新聞)。

図1.左:オガサワラビロウの老立木に生えた木材腐朽菌シママンネンタケ,右:同倒木上で成長を続けるシママンネンタケのキノコ(垂直の子実体から水平の傘が発達している),シママンネンタケはオガサワラビロウの密度調節と世代更新に貢献している.
問:微生物は人間よりバイオマスが多く、CO2を排出しているが、微生物による地球温暖化の影響は全体の何割だと考えられているのか?
答:体重50 kgの人間には炭素が約9 kg含まれており、地球の全人口81億人を掛けるとおよそ730億kgとなるのに対し(生き物は炭素を中心にできていると聞いたのですが、どういうことですか?:コカネット)、1ha当たりの土壌微生物の炭素重は草地で2,000 kg、林地で1,300 kg、有機物施用畑で700 kg、無施肥畑で400 kgと言われており(Brookes et al., 1991)、平均すると1,100 kg/ha。これに地球の陸地面積147.244×106 平方km(1平方km=100 ha)を掛けると約16兆2千億kgにもなる。砂漠などの乾燥地で差し引かれるとみても空気中や地殻内部、生物体表・体内にも微生物は存在しており、さらに海水中の微生物の方が陸地より多いと推定されるため、もう一桁上の重さになるかもしれない。地球規模の窒素循環と同様に微生物により炭素も循環されている。微細藻類やシアノバクテリアなどは植物と同じように呼吸によりCO2などを放出するが、逆にCO2から炭水化物を生産しており、膨大な量のCO2を菌体として固定しているため、総じて微生物はむしろ温暖化を緩和していると言える。
問:もし、葉緑体の細胞内共生した細胞が動物に進化したら、栄養(炭水化物)摂取の要らない人間になるか?
答:その細胞が例えば人間に進化したら、植物のように太陽光を浴びる表面積の広い体にならないと光合成による炭水化物の自給は無理だが(ちゃっぴー:まにあ道 ご当地キャラ大図鑑道場)、樹木のような枝葉状の突起の付いた体に進化すれば炭水化物の自給は可能になるかもしれない(大宜味村PRキャラクター おおぎみシーちゃん:ご当地キャラじまん)。ただ、冬など光合成効率の落ちる季節は、特に消費エネルギーを節約するため動きは鈍くなることから、光合成を盛んにする日焼けサロンがはやるのでは?
問:昆虫ウイルスを利用して虫を殺さない害虫の予防方法はあるか?
答:昆虫に寄生するバキュロウイルスは感染末期に宿主幼虫を植物の上方に移動させ、そこで死なせることにより、自身の伝播範囲を広げていると考えられている。つまり、昆虫の行動をコントロールする能力があることから、そのメカニズムを解明すれば、例えば作物の食害行動を制御する、あるいは羽化を阻止できるかもしれない。(病原体はいかにして宿主の行動を操るのか:昆虫のウイルスを用いたアプローチ:東京大学 農学生命科学研究科 プレスリリース)。
問:内部共生している生物は互いに離れることはできるのか?
答:内部共生でも組合せにより独立の可能な場合と不可能な場合がある。マメ科植物と根粒菌は生育は劣るが互いに単独でも生存できる(根粒菌の感染〜根粒形成:自分のアイデアを見つけよう!!)。ミドリゾウリムシの細胞内に共生する共生クロレラや化学合成細菌は単独でも生きられるし、微生物を人為的に宿主に出し入れできるばかりか、自由生活性の藻類,さらには酵母や細菌などの微生物も共生させることができる(早川・洲崎, 2016)。宿主の生育期により単独生活が可能なケースもある。例えば、イシサンゴ類には褐虫藻が内部共生するが、幼生期のサンゴには共生しておらず互いに単独で生存している。サンゴが褐虫藻を受け入れる準備ができると細胞内共生を開始する。一方、海水温上昇などの環境ストレスにより褐虫藻がサンゴの細胞から抜け出てしまうとサンゴの白化(死滅)が起きることから、宿主にとっては褐虫藻が生存に欠かせない(待ち受ける新たな関係:サンゴと褐虫藻の共生メカニズムに迫る 沖縄科学技術大学院大学(OIST))。昆虫と共生するボルバキアは偏性内生生物であり、いわゆる垂直伝搬により親から子に引き継がれるほど宿主と密接な関係を築いており、互いに単独では生きられない(陰山, 2014)。
問:微生物の大きさについて大小のランキングが知りたい
答:パルボウイルスは直径約20 nm(10万分の2 mm)で最小クラス(パルボウイルス:ウィキペディア)。直径約30 nmのポリオウイルスはその次に小さい。なお、細胞を持たないウイルスをランキングから除外すると、細菌(原核生物)の一種であるマイコプラズマは直径0.1~0.3 µm(1万分の1~3 mm)で最も小さく、次いでクラミジアが直径0.3 µmくらいで、リケッチアは直径0.3~0.5 µmで3番目となっている(細菌の大きさはどのくらいのなのか?代表的な60種類の細菌の大きさの比較:TANTANの雑学と哲学の小部屋)。また、最小クラスの真核生物には約1 µmの珪藻類(微細藻類)がある(小さな「も」の世界:国立科学博物館)。これに対し、担子菌類のあるキノコが形成した菌輪(図2B)は直径600m、菌体総重量は100tにも達する例がフランスで報告されている。さらに、北米のオレゴン州北東部に位置する山脈の針葉樹林帯では約10平方キロメートルを占めるオニナラタケ(Armillaria ostoyae)の菌体が見つかっており、地球上でもっとも巨大な生物と考えられている(Casselman, 2007:SCIAM)。

図2.A:ナラタケモドキの子実体,B:菌輪上に発生したナラタケモドキ,C:ナラタケモドキによるナラ類の枯死(奥側).
問:人間を微生物の生態に例えるなら様々な微生物に寄生していると言って良いのか?
答:人間に身近な微生物では腸内細菌から免疫力の向上というメリットを得ている。また、様々な微生物を利用して発酵・醸造により人間に有用な食品を製造・保存してきた。抗生物質や遺伝子組換え微生物による有用物質の生産もしかり。これらは人間が微生物を一方的に利用して利益を得てきたことから、それらに寄生してきたとも解釈できるかもしれない。ただ、寄生という概念には宿主の方が大きく表面に取り付く、あるいは内部に入り込むイメージがある。寄生していると言うより、依存しているという方が適切ではないか?
問:微生物が寄生する間、宿主が逆に寄生体を吸収することがあるか?
答:質問の真意から外れるかもしれないが、人間(宿主)の白血球の1種マクロファージは生体内をアメーバ様運動で遊走する食細胞で、侵入した病原細菌・ウイルス(寄生体)や死んだ細胞、変性物質などの異物を捕食して消化する。その後、病原体の一部を排出してほかの細胞に攻撃対象を知らせ免疫システムの一部も担っている(マクロファージとは?:やさしいLPS 自然免疫応用技研株式会社)。
問:発酵食品は様々あるが、有害発酵菌(腐敗)を利用して製造するものはあるのか?
答:有害成分を生成する腐敗菌は食品製造には向かない。ちなみに、腐敗まがいの発酵食品には、アザラシの体内にウミスズメ類を詰め2~3年埋めて作るキビヤック(エスキモー:冒険家の食欲 後編:植村直己 National Geographic)、臭豆腐(中国、臭豆腐とは?どんな臭い・味?作り方や食べ方・レシピのおすすめも紹介!:ちそう)、魚のクサヤ(日本、臭い食べ物ランキング世界5位の『くさや』の秘密 焼くと3倍クサイ?: TSURINEWS)、エイを原料としたホンオフェ(韓国、ホンオフェとは?エイの発酵食品?味・臭いなど特徴や作り方も解説!:ちそう)、ニシンを原料とするシュールストレミング(スウェーデン、シュールストレミング:ウィキペディア)などがある。
問:隣の田んぼまで伝染してしまう厄介なイネいもち病を未然に防ぐ有効な策はあるか(図3)?
答:基本的な対策として種子消毒といもち病抵抗性品種がある。イネいもち病は胞子が種籾に付着して種子伝染することが分かっており、育苗前に温湯消毒や殺菌剤消毒が行われる。また、現在ではコメの品質など感受性系統と同じ特性を持つ抵抗性系統を複数組み合わせたコシヒカリBLが実用化されている。(コシヒカリBL:新潟県)。

図3.飼料用エンバクいもち病 A:葉の枯れ込み,B:病斑,C:病斑上の分生子柄と脱落した分生子.
問:高度好塩菌は、具体的にどのような被害を発生させるのか?
答:好塩菌に汚染されている塩を食品加工に使用すると、塩蔵の魚、肉、野菜に桃色の斑点が生じて品質を低下させ、皮なめし用の塩蔵皮革に赤い斑点を生じさせる原因となる(2011.08.25 塩湖・塩田を彩る微生物:塩情報は橋本壽夫のホームページで)。
問:微生物が行う光合成は農業にとっても良い効果をもたらすのか?
答:環境中に有機物を放出するため、土壌中の微生物相が豊かになり土質が改善され、土壌病害が抑えられると考えられる。また、シアノバクテリアは光合成の他に窒素固定を行うものが多く、作物に窒素分を供給している(窒素固定シアノバクテリア : 光合成事典 日本光合成学会)。
問:卵菌類の遊走子の一本のべん毛がもう一方のべん毛とは形が違う理由は何か?
答:卵菌類は遊走子の前・側方に前向きの羽型とむち型(側着のものは後向き)の2種類の鞭毛を備えている。羽型べん毛には管状小毛が密生し、この動きがべん毛本体と逆方向の水流を生み出し、前向きの推進力を生むとされている(鞭毛装置 Flagellar apparatus:筑波大学、3部構成の鞭毛小毛 黄金色藻:筑波大学植物分類・系統・進化グループ)。つまり、前向きべん毛では羽型の方がむち型より推進力に優れると言える。また、最近の研究では後方のむち型べん毛は進行方向を制御している可能性が示されているという(植松清次氏私信)。不等毛藻(オクロ植物門)と共通の祖先から進化した卵菌類では、2本のうち1本は羽型べん毛を継承し移動効率を上げたのではないかと考えられる。
問:微生物の名前はどうやってつけているのか?
答:微生物に限らず生物の学名はすべて属名と種小名(種形容名)から成る。属名は所属する種の共通特性にちなむ場合が多く、種小名は宿主や研究者名、生態に由来するものが多い。例えば、カナメモチやシャリンバイなどのごま色斑点病菌Diplocarpon mespili (Entomosporium mespili)の旧属名は虫形の分生子(Entomo=昆虫の、sporium=胞子)に由来しており(図4A, B)、アブラナ科植物黒斑病菌Alternaria brassicicolaの種小名は宿主の科名(brassici (aceae)=アブラナ科、cola=住人 → 寄生菌)にちなんでいる(図4C, D)。また、アルコール発酵酵母Saccharomyces cerevisiaeの属名はラテン語の糖=Saccharum と菌=mycesから「糖を好む菌」を意味しており、種小名のcerevisiae はビールの意味で、両方合わせて「糖からビールを作るの菌」を表し、まさに酒造りの能力に由来している。

図4.A:カナメモチごま色斑点病,B:Aの病原菌Diplocarpon (Entomosporium) mespiliの分生子,C:ダイコン黒斑病,D:Dの病原菌Alternaria brassicicolaの分生子と分生子柄.