植物の炭疽病菌は水浴びが好き

 筆者が長年お付き合いしてきた植物炭疽病菌(Colletotrichum属菌)のサバイバル術について何回かに分けて考察します。

 まずは分生子(無性胞子)を作るときのこだわりです。炭疽病菌の分生子は鮭肉色の粘塊になると説明されることが多いのですが、実際にはピーマン炭疽病菌C. scovilleiやアスパラガス炭疽病菌C. spaethianumのようにオレンジ色、あるいはダイズ炭疽病菌C. truncatumや果樹類などの炭疽病C. siamenseのように乳白色のほか、それらの中間的な色の粘塊になる種もあります(図 1-3; 佐藤,2023)。色はともかくとして、粘塊になるのは分生子の親水性が高く雨露・潅水などの水とともに分散することを意味しています。炭疽病菌で葉に病斑を生じる種は圧倒的に葉の表側に分生子層(皿状の分生子形成器官)を作ります(図3-5)。それはおそらく分生子が雨露に懸濁して分散しやすいからと考えられます。褐斑・斑点病菌(Phyllosticta属菌)などのように他の親水性分生子を持つ菌も同様に、葉の表側に分生子殻(つぼ状の分生子形成器官)の口を開くことから、これは水による分散への適応と言えるでしょう。動物で言えば水浴びの好きな象みたいな感じです。筆者は様々な培養菌株の胞子形成を促すため、コロニー上によくサクラの滅菌葉を置きます。葉の表を上にして被せると炭疽病菌は決まってその上(表側)にたくさん分生子層を形成します(図 1, 2)。しかし、裏にはほとんど作りません。炭疽病菌は葉の裏表を認識しているか、あるいは重力や光の強弱を感じているのかもしれません。

 では、空気伝染性の病原菌ではどうでしょうか? 大雑把に言ってうどんこ病菌は葉の表あるいは両面、べと病菌や白さび病菌は主に葉の裏、さび病菌は裏か両面に胞子を作ります。それらの胞子は風や気流のほか雨露の雫の衝撃、動物・昆虫の接触による振動で空中に放出されると考えられ、胞子を形成する葉の裏表はそれほど厳密でなくても良いのでしょう。ただし、さび病菌のさび胞子堆には強制的に胞子をはじき飛ばす銹子腔(釣鐘状の胞子形成器官)があり、ほぼ全て葉の裏に形成されます。もし葉の表側にできたら、雨露に濡れて胞子を飛ばせなくなってしまうからと考えられます。こちらは動物で言えば濡れるのが大嫌いな猫みたいな菌です。この胞子をはじき飛ばす仕組みについては別の機会に説明したいと思います。

図 1は滅菌サクラ葉上に形成されたC. truncatumの分生子塊と剛毛,2は滅菌サクラ葉上に形成されたC. chrysanthemiの分生子塊を示す。3から5はナシ葉の炭疽病病斑と分生子層で,このうち3は分生子層の形成された病斑の表側,4は3の一部を拡大(分生子層と分生子塊)したもの,5は分生子層のない3と同じ病斑の裏側を示す。

引用文献

佐藤豊三 2023. 植物炭疽病菌 Colletotrichum species. 微生物遺伝資源利用マニュアル(45) 51pp.