100年前の標本からDNAを採る!

 キク科作物の炭疽病菌が分類学的に整理されていなかった頃の話です。千葉県の植松清次氏はベニバナ、シュンギク、キンセンカの炭疽病菌を採集・分離し、形態や病原性を調べたもののそれらを同定できずにいました。2003年5月、北海道大学で開催された日本菌学会に参加した植松氏は、メロンを一つ手土産に当時北大標本庫(図1)の責任者であった高橋英樹教授を訪問しました。炭疽病菌を研究していた逸見武雄氏が大正初期に国内で採集したベニバナ炭疽病の乾燥さく葉標本を借りるためでした。植松氏は標本庫で目的の標本を探し当てるとともに、同時代に韓国で採集されたシュンギク炭疽病の標本も偶然発見して両方とも借り受けました(図2, 3)。次に植松氏はそれらを岐阜大の景山幸二教授の研究室に持ち込み、病原菌のDNA抽出を依頼しました。やはり生の試料とは勝手がちがい、景山氏は幾多の工夫を重ねた末、抽出・増幅に成功し目的部分の塩基配列も解読することができました。一方、生の3種キク科作物炭疽病菌についても同じDNA領域と遺伝子を解析し、当時富山県に出向していた森脇丈治氏が分子系統解析を行いました。さく葉標本と生菌株の塩基配列はほぼ一致し、しかも、ベニバナ炭疽病菌(C. carthami)は独立種であり、シュンギク炭疽病菌(C. chrysanthemi)やキンセンカ炭疽病菌と同種であるという結果が得られました。さらに、2標本と3種植物由来菌株の形態についてもこの結果が妥当であることを筆者が確認しました(Uematsu et al., 2012)。
 ここで重要なのは、約100年前の標本を分類の基準となるレクトタイプ(選定基準標本)に指定できたことです。そのお陰で長年分類の混乱していたキク科炭疽病菌を1種にまとめることができたのです。なお、後に5遺伝子と1DNA領域で解析し直したところ、C. carthamiC. chrysanthemiは姉妹種であることが分かりました(Sato and Moriwaki, 2013)。いずれにしても、菌株だけでなく標本を作ってしかるべき機関に預けることがいかに大切か、この研究成果が示しています。余談ですが、筆者は小笠原勤務時代のさく葉標本を国立科学博物館に(Sato et al., 2010)、また、当法人の對馬理事長のお世話により農水省・農研機構時代の標本を農研機構の旧農業環境インベントリーセンター微生物標本館に寄贈しました。ところで、県・大学・独法の研究者が三位一体となって完成させたUematsu et al.(2012)の報告は、翌年、日本植物病理学会論文賞を受賞しました。受賞後、植松氏は満面の笑みで共著者に語りました。「いやー、メロン一つで論文賞もらちゃったよー。」

図1. 2003年当時の北海道大学標本庫.
図2.  ベニバナ炭疽病菌の標本ラベル.
図3. シュンギク炭疽病菌のラベル
(1~3:植松清次氏提供)

引用文献

Sato, T. and Moriwaki, J. 2013. Molecular re-identification of strains in NIAS Genebank belonging to phylogenetic groups A2 and A4 of the Colletotrichum acutatum species complex. Microbiol. Cult. Coll. 29: 13–23.
Sato, T., Uzuhashi, S., Hosoya, T. & Hosaka, K. 2010. A list of fungi found in the Bonin (Ogasawara) Islands. Ogasawara Research 35: 59–160.
Uematsu, S., Kageyama, K., Moriwaki, J. and Sato, T. 2012. Colletotrichum carthami comb. nov., an anthracnose pathogen of safflower, garland chrysanthemum and pot marigold, revived by molecular phylogeny with authentic herbarium specimens. J. Gen. Plant Pathol. 78: 316–330.