己を知り学生を知らば百答危うからず(その4)

 大学勤務時代に1年生全員の必修科目として微生物学概論の講義を4回行い、質問を1,200以上(>300/回)受けました。植物病理学は3回講義して約150(50/回)でしたからおよそ6倍になります。これは、履修者が植物病理学の平均3倍(約150名)であったことと、微生物について義務教育や高校ではほとんど習っておらず、おそらく様々な疑問を抱いた学生が多かったためと想像しています。1回目の講義中に少しでも微生物をイメージしてもらうため、こうじカビなど菌類・パン酵母・納豆菌・放線菌の培養コロニーを回覧し感想や質問を書いてもらいました(図1)。特に日常口にしているパン酵母や納豆菌の培養コロニーを目の当たりにすることは、驚きと意外性に満ちた経験であり、通常は目に見えない微生物に興味を持ってもらうためにうってつけでした。その甲斐あってか、初回から質問が殺到したわけです。この試みが受けたことに味を占め、後の講義でも学内で分離したカビの種類を増やしながらコロニーの回覧を継続するとともに、中学・高校での出張講義でも必ずコロニー観察を織り込み好評を得ました。ただ、大学1年生や中高生は、クイズ番組的な質問や哲学的?疑問がとても多く、学内外の専門家にヒントを頂いても答が分からずお手上げになったこともありました。今回はそれらの中から病害関係のほか皆さんの生活や広く環境に関わる微生物の質疑応答を紹介したいと思います。なお、ウイルス・細菌・真菌・微細藻類などを広く説明する入門科目のため質問は多岐にわたりますが、飽きがこないようにジャンル別ではなく順不同に並べます。

図1.微生物学概論の講義初回、学生に回覧した代表的微生物の培養コロニー(上左:放線菌,上右:こうじカビ,下左:納豆菌,下中:パン酵母,下右::ダイズ赤カビ病菌)

:レーウェンフックが手作りした顕微鏡(note より)では水滴を針の先に乗せてその中の微細な試料を観察したそうだが、どのように水滴を付けたのか?

:多分、針先に油を塗り、撥水性をもたせて水滴を付着させたのではないか(図2)? なお、彼の作った単眼式顕微鏡には直径1mm程度のガラス球がレンズとして一つだけはめ込まれており、最高倍率266倍(実倍率約500倍)を実現していたそうだが、試料の水滴がもう一つのレンズの役割を果たしていたのかもしれない。つまりガラス球が接眼レンズで水滴が対物レンズに相当していた可能性がある。

図2.ワセリンを塗ったクリップの先端に乗せた水滴

:微生物はどんな役割を果たしているのか?

:地球の様々な生態系の重要な一員として物質やエネルギーを循環させている。腸内細菌や皮膚常在菌など人間の生存に不可欠な存在である。人間を含めた生物の生存を脅かす病原微生物もあるが、生物全体にとって感染症は様々な生物種の密度を調節し、生態系のバランスを保ってきたと考えられる。しかし、人間界では医学が発達しパンデミックが起きても人類は増え地球環境を破壊し続けている。一方で微生物による環境問題の解決が期待され研究が進められている(他の質疑で解説)。

:悪い微生物と良い微生物どっちが多い?

:非常に難しい質問! 上の回答のように、地球環境的には微生物に良し悪しはない。また、微生物には存在さえも明らかになっていないものの方が圧倒的に多く、存在が分かっていても生態の不明なものがきわめて多い。これまでに生態の知られている微生物では、仮に発酵微生物や工業微生物などは人間にとって「良い」方で、病原微生物は「悪い」方と類別できるかもしれない。しかし、例えば、有用遺伝子を組換えた大腸菌に医薬成分などを作らせれば「良い」菌であるが、ファージを介して志賀毒素遺伝子を取り込んだ大腸菌は「極悪」な腸管出血性大腸菌O157となる(牧野耕三, 品川日出夫,2000清水 健,2010)。このように同じ菌でも一概に人間にとって良し悪しの区別がつけられないため、この質問には適切に答えることはできない。

:インフルエンザ予防に効くと言われる乳酸飲料は本当に効くか?

:ヒトの免疫力を向上させ風邪やインフルエンザ、ノロウィルスなどにも有効なラクトフェリン(糖タンパク質の一種)が添加されている乳酸飲料であれば有効(PR Times 森永乳業株式会社より)。

:一部のシアノバクテリアはなぜ毒性を持つようになったか?

:確かにアオコとして知られているMicrocystis属のシアノバクテリアはミクロシスチンを分泌し人畜の肝不全や肝臓ガンを起こし、あるいはアナトキシンという神経毒を生産することが知られている(国立環境研究所より)。生物の有毒化は理由があったからではなく、進化の過程で起きた毒素生産の遺伝的(突然)変異がたまたま生存に有利であり、毒素を持つ系統が生き残ったものと考えられる。

:なぜ土の中に微生物が多いのか?

:例えば、畑土の中には作物や雑草など由来の有機物(栄養源)が多く、温・湿度も適度に保たれているため、特に従属栄養微生物が多様で密度も高い。ちなみに、畑土壌1 m3中の微生物数はおよそ5,000兆、海水では5千億、空気中では10万~100万個と試算され(ウェブサイト 農業と環境、2013東京大学FEATURESKOSMOSTより)、けた違いに土壌微生物の数が多い。また、1 m3の土壌の重さは約500kgであり、そこに含まれる微生物は主にカビ(約70%)と細菌・放線菌で(25%)で、合計6.7 kg(土壌重量の1%以上)にもなる(横山,2015)。

:ウイルスに効果のあるウイルスは自然に存在するか?

:自然界ではウイルスがすでに感染していると、新たに感染する同種か近縁のウイルスが増えない(病徴を現さない)場合がある(干渉効果:ウィキペディアより)。植物ではキュウリモザイク病予防用の弱毒ウイルス製剤(宮城県農業・園芸総合研究所,2018)など干渉効果を利用した弱毒ウイルスがウイルス病予防剤として実用化されている。 

:ウイロイドもウイルスと同様に細胞に寄生するのか?

:動物に寄生するウイロイドはないが、一般的にウイロイドは多くの植物ウイルスと同様に植物細胞へは傷から侵入するとされ、接木伝染や種子伝染、さらに農作業などにより接触伝染する。しかし、一部のウイルスのように虫媒伝染や土壌伝染はしないとされている。感染細胞から健全細胞へは原形質連絡を通って侵入し、篩管を通じて全身に広がるが、茎頂部や胚珠などの特定の組織に感染が限定されることもある(Kagaku to Seibutsu,2016)。

:ジャガイモ疫病によりアイルランドが飢饉に陥ったが(世界史の窓より)、古来どうやって疫病を抑えてきたのか?

:比較的低温を好む卵菌類の疫病菌(Phytophthora infestans)が、夏の低温と長雨の続いた1845年~1849年、アイルランドで広く栽培されていた1品種のジャガイモに疫病が大発生し飢饉を起こした。つまり、疫病に弱いものの生産性の高かったジャガイモの数系統(品種)がヨーロッパに広がり、アイルランドの気候不順と相まってそのうちの1品種に病原性の高い疫病菌が猛威を振るった。一方、ジャガイモの原産地南米では(農林水産省より)一つの畑でも多様な系統(品種)が栽培されており(Farmers Market@UNUより)、疫病菌も多様な病原性を持った系統が分布するため、発病しても一度に様々なジャガイモ品種を全滅させることはない。19世紀後半から現代まで、ジャガイモが移入された世界各地では開発された抵抗性品種や殺菌剤で防除されてきたが、ジャガイモ疫病は今でも重要病害である。

:カビのカビ臭さをかぐと健康に影響するか?

:臭いだけではほとんど影響はないが、胞子も一緒に吸い込むとアレルギーを起こすことがある(カビトリより、図3)。なお、強いカビ臭はカビよりもむしろ、アナベナなどの藍藻(シアノバクテリア:平健司・矢野留実子,2019)やストレプトマイセス属菌などの放線菌(バクテリア:杉浦則夫ほか,1982、図4)が出す。

図3.カビ臭を出すアオカビの仲間

図4.カビ臭を出すStreptomyces属放線菌

:酵母が出芽(不等分裂)で増えるするメリットは?

:出芽(不等分裂)では母細胞と同じ大きさになる前に娘細胞を切り離すため、特に多点出芽を行う酵母は複数の娘細胞を生み出すので、二分裂よりも細胞数の増加が速い。

 図5.出芽(不等分裂)で増殖する酵母細胞

:もしこの世に全く細菌・カビ・酵母・ウイルスなどがいなかったらどうなるのか?

:現在、突然そうなったら、物質循環や食物連鎖が成り立たず、地球上の生態系が崩壊し全ての大型生物が絶滅する。そもそも、生命は細菌の祖先から始まったと考えられているが、それが生まれていなかったら、どんな生物も進化していない。

:極限環境微生物(STUDY LABより)の起源は?

:極限環境微生物の生育環境は地球上の生命誕生の頃に似ていると言われている。当時、深海底の熱水噴出孔のような所で祖先が現れたとする説がある(Jamsteeecより)。その後、各極限環境で多様な(微)生物が現れ生態系が複雑化してきたと考えられ、それに適応しつつ現在まで生き残ったと推定される。

:何か手を加えることにより、寄生微生物を共生微生物に変えることはできないか? 

:病原性(強毒性)遺伝子の変異した弱毒系統を選抜することにより得られた弱毒ウイルス(ワクチン)を作物苗に接種すると、同種や近縁のウイルスには感染しなくなる(日本政策金融公庫 技術の窓より)。また、過酸化水素を利用して弱毒化したウイルス(nature asia,2012より)はマウスに感染するが、発病させずに抵抗性を付与し片利共生的になる。アブラナ科植物をリン酸不足の土壌に植えることにより、その根に内生する炭疽病菌Colletotrichum tofieldiaeの一部系統は土壌中のリン酸を集めてアブラナ科植物に供給し、自らは植物から炭水化物を得ている(双利共生:「病原菌と共生菌の間 ―二重人格のColletotrichum tofieldiae―」、菌を知らば百戦危うからずより)。

:竹由来の乳酸菌とカニ甲殻粉砕物を水田に加えることにより、有害菌を抑制して稲の生育が促進されたという。カニ甲殻のカルシウムにより乳酸菌の生産する酸が中和されてしまい、有害菌抑制効果がうすれるのでは?

:この場合、酸の強弱は関係していないと思われる。まず、竹(植物)由来の乳酸菌の乳酸によりカニ殻の炭酸カルシウムが中和され溶出すると効率的にキチンが遊離してくる。次いで、キチンからアセチル基が外れてキトサンが生じ、これがキチンとともにイネ全身に病害抵抗性を誘導したと考えられる(エリシター活性:ウィキペディアより)。この全身誘導抵抗性は地上部で問題になる紋枯病やいもち病などを寄せ付けない効果がある。また、カニ殻を土壌に加えるとキチン・キトサンを餌として増殖したキチン分解性の放線菌が馬鹿苗病菌(図6)などの土壌病原菌類の細胞壁や線虫の外殻を分解するほか、抗生物質を分泌して病原菌や線虫密度を下げ発病を抑えたと推測される(坂本正幸,1965)。このような仕組みがイネを健全に生育させたのではないか。

図6.イネ馬鹿苗病菌の小分生子連鎖

:清酒製造で火入れをしてもアルコールは残るか?

:ろ過した清酒を60~65℃に加熱した温湯中のパイプ(蛇管)内を通して直ちに冷やし、瓶詰め後に瓶ごと湯煎殺菌(瓶燗火入れ)する(SAKETIMESより)。このように、加熱時は閉鎖系で処理するためアルコールは蒸発しない。

:牛、山羊、羊、馬やその他の哺乳類の乳をチーズにできるか?

:牛、山羊(シェーブルチーズ)、羊、ヤク、水牛、トナカイ、ラクダの乳はタンパク質・脂質に富みチーズにできるが、馬の乳はそれらが少なくチーズ生産には不向き(「日本のナチュラルチーズ」より)ウェブサイト参照。

:パン生地に単糖類が多いほどパンが膨れるか?

:添加酵母(図7)の量、発酵時間・温度が同じ場合、酵母の発酵能を超える糖が入っていても、発生するCO2量は変わらず膨れ方も同じ。酵母を増やし時間を延ばせばより膨れるが、膨れすぎはパンがケービング(腰折れ)を起こすもととなる。

図7.ブドウ糖加用ジャガイモ煎汁寒天(PDA)培地上のパン酵母コロニー