己を知り学生を知らば百答危うからず(その3)

 大学勤務時代にアグリコース3年生の必修科目として環境微生物学の講義を2年行い、質問を25受けました。植物病理学は3年講義して約150も受けたのに対し、かなり少ない感じもします。15コマ中植物関連の環境微生物を8コマ担当しましたので、1回当たりに換算すると環境微生物学の質問は植物病理学の約1/2です。特に履修人数の少なかった一期生は7問でした。これは、おそらく植物病害は実習・実験で実物を見てイメージがわいたのに対し、環境微生物は目に見えないものが多いため、具体的な疑問が浮かびにくかったからではないかと想像しています。そこで、二期生には授業の最初に実験室の空気、池水、砂丘土、広葉樹および針葉樹の生葉から微生物(細菌・真菌)を培養してもらいました(図1A~E)。その甲斐あってか、少ないながらも質問が倍増しました。やはり百聞は一見に如かず、手を動かし見ることの教育的効果を実感しました。3年生ともなると、非常識な質問はなくなりましたが、逆に高度なものが多くなりまたぞろ脂汗・冷や汗を垂らしながら回答を絞り出しました。今回はそれらの中から主に植物関連微生物や病害関連の質疑応答を紹介したいと思います。

 まず、環境微生物の培養結果を概説しておきます。

図1 環境微生物の培養,A.空気中の微生物の培養コロニー(N:細菌用,P:真菌用培地上25℃3日間),B.池水中の微生物の培養コロニー③ (原水,10倍希釈,100 µL),C.砂丘土中の微生物の培養コロニー④ (100, 1000倍希釈, 100 µL).

 実験室の空気中の微生物の分離には、人のいない実験台、実験器具の乾燥棚(ビニルカーテン付き)、排気中のドラフトチャンバーの3か所に寒天培地平板を曝露しました。その結果、実験台上に自由落下する微生物は少ないとみられ、乾燥棚とドラフトチャンバーは比較的多いという結果になりました(図1A)。特に気流があまり動かないと思われるビニルカーテン付き乾燥棚は、意外にバクテリアの繁殖が多い結果が得られました。濡れた器具を頻繁に置くため、バクテリアの繁殖が盛んなのかもしれません。次に、池水(防火用水)には使用した培地、特に真菌用培地で生育できる微生物はほとんどなく、細菌用培地でわずかなコロニーが生育しました(図1C)。これに対し、大学内の砂丘の土には体積当たり池水の10~1000倍の微生物がいると推定されました。また、細菌が真菌に比べて1~2桁多いことが分かりました。一般に有機物の多い畑では、真菌が多いと言われていますので、有機物の少なさを反映していると言えそうです。

図1D.広葉樹生葉表面の微生物の培養コロニー E. 針葉樹生葉表面の微生物の培養コロニー  

 広葉樹の葉には日陰のツバキと日向のバラを供試し、表面殺菌せずに培地表面にスタンプしました。全体的に真菌が目立ち、日影のツバキよりも日向のバラの方で暗色のコロニーが多く生育しました。バラの葉表と葉裏を比べると表の方で暗色のコロニーが多く生育しました。日光の紫外線から身を守るため、日向の葉表には有色の真菌が多いと考えられました。針葉樹の葉にはクロマツとビャクシン(カイズカイブキ)を供試しました。全般に真菌が多いのは広葉樹と同様ですが、暗色と明色のコロニーの割合はツバキ(日陰)とバラ(日向)の中間になっているようでした。これはクロマツもビャクシンも広葉樹より葉が立っている、つまり、直射日光が比較的マイルドに当たることと関係しているかもしれません。クロマツよりは裏表の分かり易いカイズカイブキでも表の方で暗色のコロニーが多く生育しました。葉面微生物は私の担当講義で解説しましたので、学生がイメージをつかむのによかったと思っています。

 以下、質疑応答です。

問:土壌伝染性病原菌による病害が一旦発病したら治療することは可能か?
答:一般に植物病害は発生すると治療は困難とされているが、特に土壌病害が発生したと気づいた時はすでに治療することは困難である。ただ、多年生作物・樹木では発病初期に穂木を採り、挿し木や接ぎ木により再生できるものがある。

問:サツマイモつる割病の生物防除では非病原性Fusarium属菌による全身誘導抵抗性が用いられたが、他の植物での利用はあるか?(全身誘導抵抗性:病原菌と同じ種の非病原性菌株を定植前に苗に接種すると、全身が抵抗性となりその病原菌には感染しなくなる。かつて、この非病原性菌株が微生物農薬として登録され利用された(参照:小川・駒田、1984)。
答:イチゴから分離されたTalaromyces flavusの胞子を含むタフパールがイチゴや野菜類のうどんこ病、トマト・ミニトマトの葉かび病や灰色かび病の予防剤として農薬登録されている(参照:エス・ディー・エス バイオテックWebSite)

問:特異的拮抗作用は生物同士によるもの(相互作用)なので、遺伝的な変化が起きる可能性があるのではないか(参考:染谷ほか、2017)?
答:もちろん共進化の中で常に遺伝的変化が起きていると考えられる。特異的拮抗現象の要因としてスペクトラムの狭い抗生物質があるが、医薬品や殺菌剤として多用されると、遺伝的変化の一つである突然変異やプラスミド(細菌の個体間伝達DNA断片)の伝搬により容易に耐性菌が現れることは良く知られている。また、コムギ立枯病 (Gaeumannomyces tritici) の生育を阻害する蛍光性Pseudomonas属細菌の抗菌物質DAPGの生合成遺伝子phlが変異するか欠失すると、特異的拮抗作用も失われると考えられる。一方、萎凋病や根腐病などを起こすFusarium属菌の菌体外代謝物であるフザリン酸によって多くのPseudomonas属細菌のDAPG生産が阻害される。拮抗微生物がいる発病抑止土壌で同一作物・品種を連作しても必ずしも発病抑止性が再現されない事実は、病原微生物と拮抗微生物による共進化の結果かもしれない。

問:海に流れ出た放射性物質などに対してバイオオーギュメンテーション(微生物による環境修復)は有効か?
答:放射線抵抗性細菌(Deinococcus radiodurans)による放射性セシウムの二次濃縮の研究例があり、遺伝子操作系を用いた利用菌のセシウム濃縮能の向上が検討されている。東京電力福島第一原発の汚染水を放出する前にこの技術を開発・利用できればなおよい(参考:鳴海・佐藤、2016)。
(補足:現在行われている原発汚染水の処理は、まずセシウム吸着装置でセシウムやストロンチウムを重点除去し、次に多核種除去設備(ALPS)により62種の放射性物質を取り除くが、トリチウムは残ってしまう。トリチウムは天然の水圏にもわずかながら含まれており、世界の原発から排出されているため、トリチウムに耐えるあるいは積極的に取り込む微生物が見つかればバイオオーギュメンテーションに利用できるかも知れない(参考:日本掲載新聞WebSite)。

問:深海微生物の研究にはどのようなものがあるか?
答:例えば、熱水噴出孔周辺に生息する超好熱菌から高温でも働くPCR用のDNAポリメラーゼが開発された。その後も高温耐性の有用酵素の探索が続いている。常圧では死滅する好圧菌やシロウリガイやハナシガイ類のエネルギー源になっている細胞内共生硫黄酸化細菌などの極限環境微生物に関する研究がある。また最近、アスガルド類アーキアの最初の代表種であるPromethearchaeum syntophicumは、水深2,500m以下のメタン湧出海底域から分離され、真核生物の起源ではないかと考えられている(参考:Hoshino, et al., 2020高橋・黒木,2020)。

問:草地土はルートマットを形成し酸素欠乏になるが、微生物の活動を活発にすることを考えると耕耘した方がいいか(でも不耕起栽培が環境に優しいとされている)?
答:草地(放牧地)を耕耘すると酸素が十分供給され微生物活性が高まるが、ルートマットが崩壊して畑のような土壌になる。雑草防除をしないと牧草が維持できなくなり、日本では樹木も侵入してくるため、耕耘は避けるべきである。もちろん、不耕起栽培は土壌流亡を防ぎ、二酸化炭素を排出するトラクターなどの耕耘機類を使わないため環境にも良い(参考:酪農PLUS+WebSite)。

問:田畑輪換を行った土壌は、微生物相が周期的に変化するのか?
答:その通り。水田では嫌気性微生物が、畑では好気性微生物が優勢となる。畑で問題になる土壌病原菌(真菌・細菌)は好気性であり、水田の湛水(嫌気)状態ではほぼ死滅するため、土壌病害の防除対策の一つとして田畑輪換栽培が行われる(横山,2015) (参考:minorasu WebSite)。

問:アンモニアを大量に含む有機質肥料をたくさん施用すると、アンモニア酸化細菌より先に亜硝酸酸化細菌がアンモニア中毒になってしまうというが(横山,2015)、なぜか?
答:アンモニアが大量にあっても、アンモニア酸化細菌は周囲のアンモニアを亜硝酸に変換(解毒)できるのでアンモニア中毒にはなりにくいが、亜硝酸酸化細菌は直接アンモニアを他の窒素化合物に変換できないので、周囲のアンモニアで中毒してしまう。

問:土に必要な栄養分が抜けてしまう(流失)とやせた土壌になってしまうが、修復する方法はあるか?
答:堆肥などの有機物を十分に施用して保肥力を高め、苦土石灰の散布などによるpH調整の後バランスよく肥料を播きよく混和することが一般的な方法。

問:土壌消毒によって傷んだ土壌は元の土壌に修復可能か?
答:特に燻蒸剤による土壌微生物の無差別殺菌の後は、堆肥など微生物を大量に含む有機物を十分に施用して破壊された土壌団粒構造を回復させることで修復することは可能である。

問:間違って病気が出ていない作物に防除資材を使ってしまうと何かデメリットはあるか?
答:予防的な防除資材がほとんどであるため、病害が出てから施用しても治療効果は得られないが、発病個体以外の作物を守ると考えられる。あえてデメリットを挙げれば、全身抵抗性誘導剤は予防的に全身で抵抗性遺伝子が発現するために、植物にやや負担(エネルギーロスや抗菌性物質の自家中毒)が掛かることがある(白石ら,2012)。基本的に施用量を守れば施用経費の損失以外にデメリットはないと思われる。もし無病の植物に施用して薬害などのデメリットがあればそもそも防除資材として実用化できない。

問:微生物間の拮抗作用の実験で対峙培養のシャーレをずっと放置した場合、拮抗作用を受ける菌が拮抗作用を持つ菌に勝つ(覆う)ことはあるか?
答:拮抗菌の寿命と抗菌物質の分解の難易度によると考えられる。分解しやすい抗菌物質を生産し寿命が短い拮抗菌は、長期の対峙培養で相手の菌に被われる可能性はある。逆に分解しにくい抗菌物質を生産し寿命が長い拮抗菌は相手の菌に押し戻されない(致死性の抗菌物質の場合は相手の菌が死滅)と考えられる。

問:米ぬかを葉面に散布すると、常在菌が繁殖して病害が減るというが、病原菌の方が多く増殖して、病気になってしまうことはないのか(参考:Think and Grow Ricci 農業の未来を実現するWebSite より)?
答:もちろん米ぬかで増える病原菌(条件的寄生菌・条件的腐生菌)もあるが、葉表面の微生物の培養実験で観察したように、種類も量も圧倒的に多い腐生性微生物との競合により、病原菌だけが増えることはない。米ぬかで増えた腐生性微生物がバリアになって病原菌がいても感染が困難になる(参考:ルーラル図書館WebSite)。 

文献

横山和成 2015. 図解でよくわかる 土壌微生物のきほん.誠文堂新光社,東京.
白石友紀, 秋光和也, 一瀬勇規, 寺岡徹, 吉川伸幸.2012. 新植物病理学概論.養賢堂,東京.pp. 258–260.