「大谷翔平も顔負けの炭疽病菌」を講義してみたら

 12月にしては異様に暖かな日、某大学の微生物生態学で講義を頼まれ出かけました。聞けば主に2年生が対象で、40名あまり聴講しているとのことでした。講義の内容はこのブログで紹介した炭疽病菌シリーズを大谷翔平選手の優れた特徴にこじつけてつなぎ合わせるという裏技でまとめたものです(植物の炭疽病菌は水浴びが好き剛毛は何のために生える? -その1-剛毛は何のために生える? -その2-剛毛は何のために生える? -その3-炭疽病菌と炭疽菌栄養豊富な方が分生子は小さくなる?内生的ライフスタイルを持つ炭疽病菌、病原菌と共生菌の間 ー二重人格のColletotrichum tofieldiaeー、以上、ブログ「菌を知らば百戦危うからず」から)。
 講義後、約半数の学生さんからコメントや質問を頂きました。そこで、今回はそれらに対する返事や回答についてご紹介したいと思います。学生さんのコメント・質問の冒頭には◎を、それに対する返事や回答の最初に⇒を付けました。なお、一部のコメント・質問は了承を得て必要最小限の修正をしてあります。掲載をご快諾いただいた担当の先生とコメントを下さった学生さん方に、この場をお借りしてお礼申し上げます。

学生さんのコメント・質問とそれに対する返事や回答:
◎大谷選手の二刀流に沿った講義で、植物の病原菌について理解を深めることができました。ありがとうございました。ここで、富安寺の名前の由来はなんですか。
⇒ 私が教祖をしている顕微教・富安寺派の由来はFungi(英語でカビ)です。もう一つの宗派には爆照派(Bacteria)があります。
◎大谷翔平を例に炭疽菌や炭疽病菌について解説いただき、興味を持ちました。
⇒ 炭疽菌は人獣共通病原細菌なので、動物と人間に感染症を起こす二刀流と言えないこともないですね。大谷選手になぞらえたのは植物の炭疽病菌です(図1)。

図1.Colletotrichum属菌による炭疽病などの病徴.左:C. siamenseによるブドウ晩腐病,中:C. fioriniaeによるリンゴ炭疽病(ピンク色の菌体は分生子塊),右:C. gloeosporioides種複合体の1種によるカンキツ類炭疽病(病斑上の黒点は分生子層).

◎菌ジャカや顕微教の話を聞いて佐藤先生の菌に対する愛が伝わりました。また、炭疽病菌について大谷選手に例えて説明していたのでとても分かりやすかったし、楽しみながら聞けた。では、なぜ栄養が少ない環境だと栄養が多い環境より菌は長生きするのですか。
⇒ 仕組みについてはAIに訊いてみてください。理由については、低栄養環境は危機的状態であるため、細胞内に少しでも多くの養分を保持して1回でも多く分裂し長生きできる能力を持った(低栄養環境にも適応した)系統が選択され生き延びたと考えられます。
◎非常に面白い講義でした。内生のお話が興味深かったです。病原菌にも潜伏みたいなものがあって面白いと思いました。(筆者:ヒトの感染症の潜伏期間をイメージしている?)
⇒ 内生(病徴なし)と殺生(病徴あり)は植物との相互作用で決まり、連続的で紙一重です。ある植物の病原菌が他の植物の内生菌として普通に生活していることがわかってきています。
◎身近でよく知っている大谷選手とかけ合わせることで、長い話を聞くことが苦手な僕でも最後まで聞くことができた。走攻守そろった大谷選手のように炭疽病菌(図2)も多くの力を持っていることがわかりました。
⇒ 多分、どの植物病原菌も炭疽病菌と同じような多彩な能力を持っているはずです。植物に感染し発病させられるのは、それだけで超能力なのですから。

図2.ヒイラギナンテン炭疽病の病徴と標徴(Colletotrichum karsti).左:葉の病斑,右:葉の表側に形成された分生子層(黒い粒)と分生子塊(オレンジ色の塊).分生子が雨滴や夜露に懸濁されて分散する.

◎剛毛(図3)についてあまり知りませんでしたが、さまざまな役割を担っているのだとわかりました。菌ジャカが第6弾まで制作予定と聞き驚きましたが、それほど多くの菌がいるということだと思いました。菌に興味を持ったきっかけについて詳しく知りたいです。
⇒ 剛毛は人目を惹く構造物なのに、その機能についてはあまり調べられていません。菌類に限らず生物の形態が持つ機能を調べることは病みつきになります。植物病原菌は100属に収まるような数ではありません。菌ジャカ第六弾まで作っても、約90属です。問題は今後シリーズを増やしても皆さんが利用してくれるかです。
 小学校の時、父親におもちゃの顕微鏡を買ってもらい、中学校の夏休みの自由研究でたまたまカビをその顕微鏡で見て、不思議な形に魅了されました(著者プロフィルより)。

図3.炭疽病菌の分生子層に生える剛毛.左:ポインセチアの茎に生えたC. truncatumの剛毛(乾燥状態),中:乾燥状態で内側に傾斜したC. truncatumの剛毛,右:湿潤状態で外側に開いたColletotrichum sp.の剛毛とその上に形成された分生子塊.

◎植物病理学では聴けなかったような詳しい炭疽病菌の植物への侵入に関するメカニズムについて学び、満足しました。ただ、葉面の方にいる炭疽病菌の剛毛は黒く、葉の裏では灰白色に呈色することについて困惑しました。表面で黒くなると吸光しやすく、紫外線や熱のストレスが増加するのでは?
⇒ 剛毛の色の元と思われるメラニンは、ご指摘の通り、紫外線、可視光線、赤外線を吸収し、DNAへのダメージを軽減します。剛毛の長さは1/10 mm、幅は1/100 mmのオーダーで細長いため(図4)、赤外線などを吸収しても放熱効果が高いと考えられます。紫外線はデリケートな分生子形成細胞に到達せず、温度はさほど上がらないでしょう。

図4.黒色から暗褐色の剛毛.左:サクラ葉上に形成されたColletotrichum sp.の剛毛(分生子形成細胞を覆うように密生している),右:キバナオウレン葉の病斑上に形成されたC. dematiumの分生子層と剛毛(基部に並ぶ円筒形の分生子形成細胞を覆うように密生している、鎌形の単細胞は分生子).

◎大きな注目を集めている大谷翔平選手と炭疽病菌につながりを持たせる(共通点を見出せる)ことができるとは思ってもいなかったので、この夢のコラボがとても斬新で面白かったです。今度、友人との間で大谷選手の話題が出たら、「実はね、二刀流が他にもいるんだよ…」と話してみようと思います。個人的に表紙絵の大谷選手のバットがささりました。
⇒ 炭疽病菌の有性世代である子のうをバットに見立てたのに気づきましたね(図5)。菌ジャカにはかるたの読み札もあるので、かるたでも遊んでみてください(「菌ジャかるた」の読み札はどんな意味?  )。トランプとともにマスターしたら、あなたも偉大な二刀流です!

図5.バットのような形をした炭疽病菌の子のう(中に単細胞の子のう胞子が8個入っている).

◎菌には、攻撃と守備の2面の特徴を持つことを学んだ。いつもの大学の講義とは変わった面から学ぶことができたことが有意義でした。
⇒ 植物病原菌にもたくさん敵がいて生存にはいくつも困難があります。彼らは生き物の中でも特に複雑な環境で生き抜いています。
◎微生物の寄生、共生などの話を二刀流という言葉で説明するなどユーモアがあって楽しく講義を聴くことができました。菌ジャカも続けて制作されるようで気になりました。
⇒ 菌ジャカで遊ぶことを「菌ジャカる」あるいは「ジャカる」、また、その人を「菌ジャカラー」あるいは「ジャカラー」といいます。ぜひ続編でもプレイしてトップジャカラーを目指してください。
◎炭疽病菌と炭疽菌の違いは前者が植物に感染し、後者は動物に感染するものであると区別して覚えることができました。うどんこ病菌を摂取するテントウムシなどの生物がいると知り、共生をさせることにより農作物の被害が減らせないのだろうかと考えました。
 剛毛には乾燥防止、紫外線防止、小動物による食害の防止、増殖の手段(図6)としてなど複数の役割があると分かりました。分子の構造など化学的な話が関わっていたが、大谷選手の例えで分かりやすく理解できました。
⇒ 大谷選手の例えははまったところもありましたが、かなり苦しまぎれのものもありました。それでも飽きずに聴いていただき、感謝です。うどんこ病菌摂食昆虫に食いつくとは目の付け所がユニークですね。

図6.C. theobromicolaの分生子形成能のある剛毛(先端に未熟分生子が付いている).

◎炭疽病菌に関して、大谷選手と関連づけて説明していただきイメージが湧きやすかったです。初めて炭疽菌と炭疽病菌の違いを知り、炭疽病菌が攻撃や守備でいろいろな機能を持っている話を聴いて学びました。特に印象的だったのは最後の共生・寄生の話で、リンが多いときは植物に害をなすのに、リンが少ないときはリンを植物に渡す働きを持つところの二面性の部分でした。
⇒ 確かに炭疽病菌C. tofieldiaeの二重菌格も面白いですが、リンの多寡で共生菌の受け入れをスイッチする植物の合理主義(ご都合主義?)にも感心させられます。
◎寄生と共生の両方を行っているというのが印象に残りました。佐藤先生はユーモアのある人でとても面白い講義でした。
⇒ 講義のように、同じ宿主植物に感染する菌でも生育ステージや環境条件・宿主の生理状態で寄生と共生を使い分ける種がありますし、宿主植物によって寄生菌あるいは共生菌にスイッチする種は多いです。
◎菌ジャカが本当に楽しかったです。
⇒ ぜひKリーグを作ってプロジャカラーを目指してください。顕微教団で支援します(炭疽病菌のことより菌ジャカについてコメントするとは、将来有望!)。
◎炭疽病菌の剛毛(図7)の仕組みはとても興味深いと感じました。教科書や本で学ぶ内容は、精査されて一般的に正しいとされた情報ですが、今回のように研究の最前線にいる人から研究途上の考察も含めて話を聞けるというのは、なかなか得られない機会だと思うので、とても貴重な経験になりました。
⇒ 実は初めて学生さんにこの話をしました。こういう話を楽しく聴くためにも教科書を学んでください。時間があれば学生さんの反論や意見を聴いてみたかったところです。

図7.剛毛の形のバリエーション(ムニンヤツデの葉に形成されたColletotrichum sloaneiの分生子層には湾曲した剛毛がたくさん生えている).

◎ユーモアのある方で、話を聞いていて面白かった。菌ジャカⅡも楽しそうだと思いました。
⇒ ぜひ、菌ジャカサークルを作って広めてください。今度はぜひ属名コールバトルをやってみてください。
◎普段はあまり意識することがなかった炭疽病菌がいかに巧みに侵入や防御などをしているかを学ぶことができました。特に、共生と寄生を使い分けていることは、ほかの菌類では聞いたことがなく、衝撃を受けました。そして、大谷翔平選手との例えで、よりわかりやすく感じました。
⇒ 微小な付着器(図8)がタイヤの空気圧の4倍もの圧力を保持して角皮・表皮を突き破るのは驚異的です。植物が栄養的に困っているときにはウィンウィンの関係を築き、植物が栄養的に十分な時には食い物にするところはしたたかですね。菌の側からみると自分の食料を育て(栽培)ているようなイメージです。

図8.炭疽病菌が植物の固い角皮や表皮を破って侵入する際形成する付着器(黒い色素はメラニンで中に集積したグリセリンをもれないようにシールドしている).

◎最初に出てきたカビ様が印象的でした。大学の授業は真面目で、課題も大変だけど、今回の講義はテレビに出ている博士の話を聞いているようでフラストレーションなく聞けました。内容に関しては、剛毛など初めて聞くものが多くて少しついていけてない時もありました。
⇒ 今回のカビ様、大谷様、炭疽様の話を学生さんにしたのは初めてでした。聴いて何か記憶に残ったのでしたら、話した甲斐があったというものです。剛毛などは実物を見ていただいてから話せばよかったですね。
◎微生物を実在する人物になぞらえて紹介していただいて、聞いていて楽しかったです。ぜひ、他の種も紹介していただきたいです。
⇒ 45年間これと取り組む(Colletotrichum=炭疽病菌の属名コレトトリクム)対象だったので何とか話せました。ほかに皆さんが興味を持てるような話ができるとすれば、さび病菌ぐらいでしょうか(図9)。

図9.ハイニシキソウさび病菌のさび胞子(左),夏胞子(中),冬胞子(右).

◎大谷翔平選手と炭疽病菌がここまで結びつくことがあるとは思わなかったので、とても驚きました。また、剛毛に乾燥防止、紫外線防止、防虫、虫媒分散などたくさんの機能があるのが面白いと思いました。特に、防虫と虫媒分散は逆の機能な感じがしたので聞いていて印象に残りました。
⇒ 実は、この話で一番苦労したのが大谷選手のこじつけです。攻撃は最大の防御を体現したのが虫媒分散していると考えられる剛毛ですね。
◎最初の自己紹介からユーモアがあっておもしろかったです。カビをカビ様と言っていたところに研究者だという感じがカッコイイなと思いました。栄養が少ない方が長生きするということに驚きました。90%以上の植物種の根にAM菌根菌が共生しており、共生と寄生を使い分けるという特徴を初めて知り、興味深く感じた。今回の講義では初めて学ぶことが多く、おもしろかったです。
⇒ 神様→カビ様、ともじったつもりです。研究者=カッコイイと言えるのかどうか? むしろ沼にはまった人たちの目くるめく世界でしょう。ところで、共生と寄生を使い分けるのは炭疽病菌の1種Colletotrichum tofieldiaeであり、AM菌根菌は植物との共生のみで生活しています。説明が紛らわしくなってしまい、反省しています。
◎炭疽菌については知っていたけれど、炭疽病菌については名前くらいしか知らなかったので、全くもって違う種類のものだと知って驚きました。さらに大谷翔平になぞらえて二刀流と言っていたけれど、二刀流どころか三刀流くらいの働きをする菌だなと思いました。そして剛毛の写真を見ていつか自分で見つけて直接見てみたいなと思いました。菌について興味を持つきっかけになる楽しい話でした。
⇒ 刀を両手に2本、3本目は口でくわえるのか? それとも…? 炭疽病菌は菌ジャカⅠに取り上げたくらい植物病原菌の中でもありふれた菌です。炭疽病菌のマニュアルを書いたので観察の参考にしてください。

 以上、微生物生態学を勉強中の学生さんに炭疽病菌の生き様を研究成果と私見に基づいて話した結果、彼らが抱いた感想や疑問です。面白かったという声や楽しかったという感想とともに印象に残っているのは、「教科書や本で学ぶ内容は、精査されて一般的に正しいとされた情報ですが、今回のように研究の最前線にいる人から研究途上の考察も含めて話を聞けるというのは、なかなか得られない機会だと思う…」というコメントです。裏返せば、教科書や成書は定説や常識しか書かれておらず、それを授業で教わってもつまらないということではないでしょうか? せっかく大学で学ぶなら、基礎科目でも教員の研究分野の最先端情報を分かりやすく紹介することも求められているのでしょう。
 ところで、この授業では、毎回行っている小テストの代わりに、教材として購入した菌ジャカを用いて神経衰弱を実施したそうです。獲得した札数に応じた成績ポイントを賞品として設定したところ、白熱したゲームが繰り広げられ、多くの学生が植物病原菌類の属とその形態を効率的に覚えることができたとのことです。また、上記の講義の最後に菌ジャカⅡなども紹介したため、いくつか菌ジャカに関する感想が紛れ込んだというわけです。菌ジャカは多少なりとも学生さんの記憶に爪痕を残すことができたのではないかと思います。
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