大豆の詐欺犯 -ダイズフォモプシス腐敗病菌-

 近年、大豆は油料・飼料用として世界的に最も重要な換金作物の一つです。その年の出来不出来で大規模生産者の収入が倍増する、あるいは借金を抱えるという事態も珍しくありません。もちろん、作柄に影響する気象条件等により国際価格が変動します。日本では国内需要のほんの一部を満たす程度しか生産量がないため、穀物としては輸出されていません。一方で、水稲の減反に伴い農地の活用と大豆の国内自給率を高めるため、水田転換作物として栽培が奨励されてきたのはご存知の通りです(Think and Grow ricci)。

図1AーE.ダイズフォモプシス腐敗病とその病原菌.A.被害子実.B.有傷接種20日後の莢の褐変枯死.C.接種14日後の発病莢のクローズアップ(下)と内部(かびた子実:中).D.接種45日後の枯れ茎上に現れた黒点.E.茎上の分生子殻と分生子角(矢印,Dのクローズアップ).

 筆者が旧農業環境技術研究所に移籍した1980年代中頃、山口県からダイズの収量が激減したので原因を調べてほしいと依頼を受けました。収穫後、見た目にはまともな莢を脱殻したところ豆(子実)がほとんど白くかびて内部が腐敗褐変しもろくなり出荷できなくなったというのです(図1A)。早速、試料を送ってもらい、カビを分離したところ、ほぼ全て同じ菌が採れてきました。それはジャガイモ煎汁寒天培地(PDA)上で白色、まれに暗褐色のフェルト状気中菌糸体と黒色、大型板状の子座および分生子殻を形成しました。ダイズ4品種に分離菌の菌糸あるいは分生子を枝豆収穫少し前の莢や茎に有傷接種した結果、全品種の莢が2~3週間で褐変して表皮に小黒点状の子座が形成され、豆が白くかびて内部が腐敗褐変しました。また、宿主の生育末期には茎に多数の成熟分生子殻が形成されました(図1B-E)。
 1988年には、宮城県や千葉県産腐敗子実から同様の糸状菌が分離されました。3県の分離菌はいずれも分生子殻に長さ200~500 µmのくちばし状孔口を持ち、短いα型分生子は単細胞、楕円形、4.7~9.0×1.6~3.3 µm(平均6.3×2.3 µm)でその長さ/幅比は平均2.8、通常細長いβ型分生子を形成せず、分生子柄が分枝するという特徴がありました(図2A-E)。それらの単胞子分離株をさまざまな組合せで対峙培養しても子のう殻は形成されませんでした。

図2A-E.ダイズフォモプシス腐敗病菌, Diaporthe longicolla .A.分生子殻のくちばし状孔口.B.莢上の分生子殻(縦断切片).C.分生子.D.分枝した分生子柄(走査電顕像).E.PDA培地上のコロニーに形成された分生子塊(クリーム色のドロップ).

 以上の特徴から、本菌はDiaporthePhomopsis)属菌と判断しました。既報のダイズ病害にはDiaporthe phaseolorum var. sojae(=Phomopsis sojae、現在Diaporthe phaseolorumの異名)による黒点病(Pod and stem blight)がありますが、この菌は子のう殻を作り形態的にもやや異なるため別種と判断しました。一方、1985年米国から新種として報告されたPhomopsis seed decayの病原菌、Phomopsis longicollaとは形態的特徴がほぼ一致したことからこの菌と同定し(Thomas W. Hobbs, et.al., 2018)、日本では未報告であったため、フォモプシス腐敗病と名付けました(佐藤ら,1989)。
 この病原菌は収穫後に発覚する子実病害を起こすためとても厄介です。今年は豊作だと喜んで脱殻してみたら、ほとんどカビだらけで売り物にならないなんて、生産者にしてみれば悪質な詐欺に遭ったようなショックでしょう。おそらくこの菌は枯れた茎や莢殻などの上で子座や分生子殻の形で越冬し(図1D, E, 図2B)、連作されるダイズに第一次伝染するに違いありません。また、ほんの一部に感染を受けた子実(種子)が翌年の伝染源となる可能性も否定できません。日本は大豆を大量に輸入していますが、豆もやしの原料として2012年に輸入された中国産大豆からP. longicollaが分離されています(佐藤豊三、2015)(表2のMAFF 243679 D. phaseolorum var. sojaeは後に、P. longicollaD.longicolla)に再同定された)(農業生物資源ジーンバンク)。それより以前から北米産などの大豆が輸入されていましたので、同菌は1980年代前後に国外から潜り込んでいたのかもしれません。
 一方、同じく米国で初記載された種子伝染性のDiaporthe caulivoraも本病を起こしていることが昨年北海道から報告されました(畑中・高村,2024)。このように、農産物を輸入すればするほど多くの種子伝染性病原菌は簡単に植物検疫をすり抜けて侵入してきます。食料安全保障上のリスクを緩和するだけでなく、植物防疫上の危険度を下げるためにも、国内農業を振興して自給率を上げる必要があるのです。ちなみに、最新の学名リストIndex Fungorumによれば、北海道で見つかったD. caulivoraDiaporthe phaseolorumのシノニム(同種異名)に含まれています(Species Fungorum)。北海道産菌株がD. phaseolorum var. sojaeでしたら、ダイズ黒点病菌として既に国内発生の記録があり、輸入検疫有害菌に該当しませんが、ライマメ褐斑病菌として病名目録に記載のあるD. phaseolorumは国内発生未詳のため輸入検疫有害菌になっています。今後、これら3者に同定されてきた菌株の分子再同定の結果により、おそらく日本の植物防疫所がそれらの輸入検疫の取り扱いを判断することになるかと思われます。
 ところで、今世紀になると、菌類のDNAシークエンスデータの蓄積と解析が急速に進み、無性・有性世代を容易に結び付けられるようになりました。これを背景として 2012 年からそれまで菌類にのみ認められていた無性世代と有性世代の両学名を原則的に設立の古い方に統一することになりました。無性世代名のPhomopsisは1905年に設立されたのに対し、有性世代名のDiaportheは1870年に発表されており、後者に属名が統一されることになりました。子のう殻の形成の有無に関わらず,現在Phomopsis属菌の多くはDiaporthe属に移されています。という訳で、ダイズフォモプシス腐敗病菌もDiaporthe longicollaと表示されるようになっています(Species Fungorum)。ダイズフォモプシス腐敗病を報告した1989年当時は、まだDNAシークエンスによる分類・同定は一般的ではなく、形態に頼らざるを得ませんでした。現在、Diaporthe属の学名は約1,260あり、分子系統解析による種の細分化が行われていなかった1990年以前でもPhomopsisDiaporthe)属の学名は800以上知られていました(Uecker, 1988)。そのうちダイズには17も異名(シノニム)を持つ前出のD. phaseolorumおよびD. longicollaの少なくとも2種が病気を起こすことが明らかです。
 その後、筆者らが35年前に報告した山口・宮城・千葉県産のフォモプシス腐敗病菌は、現在DNAデータによりD. longicollaであることが確かめられています(農業生物資源ジーンバンク)。さらに、広島・茨城・東京・北海道・鹿児島・埼玉県産の罹病ダイズから分離された菌株も同菌と同定され、全国的に蔓延していることが窺えます。もし、どこかでこの犯人を捕まえたらこってり油を搾ってやって下さい。詐取したのが大豆だけにたんまり取れるはずです。

 文献

畑中良太・高村志帆. 2024. 北海道におけるDiaporthe属菌2種によるダイズホモプシス腐敗病の発生(病原の追加).日植病報 90: 60.(講演要旨)
佐藤豊三・濱屋 悦次・稲葉忠興 1989. ダイズのフォモプシス腐敗病(新称)とその病原菌について.日植病報 55: 495.(講演要旨)
Uecker, F.A. 1988. A world list of Phomopsis属names with notes on nomenclature, morphology and biology. Micologia Memoir No. 13 J. Cramer, Berlin, Stuttgart, 231 p.