今回は、7月上旬に完成した菌類図鑑トランプ「菌ジャカ(菌形推ジャックカードの略)」の創作経緯を紹介します。「菌ジャカ」専用ウェブページには表向きの紹介がありますが、ここではもっとディープな裏話しをします。なお、タイトルの「HeX」はHeSoDiMのHeと某番組タイトルのXです。以下、同番組のナレーション調文体を踏襲し、人名の敬称を省かせて頂きました。
♪カビの中のすーばるー 砂の中の菌がー みんなどこへ行ぃったー♪ …
長年植物病原菌を研究してきた佐藤豊三は、2016年、定年退職後パート勤務になった。時間ができたこともあり、一般市民になじみの薄い菌類を広く知ってもらうという夢をかなえるため、良い方法はないかと考えていた。そんなある日、群馬県で郷土の特徴・特産品を世に広めてきた「上毛かるた」が伝承されていることを知った。なるほど、かるたなら遊びながらカビの知識も身に着く。つまり、勉強しなくても菌類のことが覚えられると思い付いた。そこでまず、身近な植物病原菌の100属について読み札を作ってみた。例えば「Alternaria(アルタナリア,図1):つながった 褐色マラカス レゴ仕立て」といった具合に。これを「金菌かるた」と名付け、絵札を作り始めたが、数属描いたところで新潟県に転職することになり、棚上げとなった。

図1.Altetrnaria属菌の分生子.
それから5、6年後、NPO法人圃場診断システム推進機構理事長、對馬誠也から「佐藤さんの専門性を生かしたゲームを作って売り出し、菌類の普及と人材育成を行い、ついでに収益をNPOの活動資金にできないか?」と欲張りな相談を受けた。同じNPOに籍を置き對馬とは付き合いの長い佐藤は、自分の夢のためにも話に乗ることにした。ストーリー性のあるキャラクターものが流行っているため、まず植物病原菌類の属名を基にキャラクターの愛称を50ほど作ってみた。ただ、ネオペスタロチオプシスなど業界ではお馴染みの属名でも、初心者には呼びづらいものが少なくなかった。それはさておき、次にキャラクターのイメージ図を2、3作ってみた。だが、プロの手を借りなければモノにならないと気づいた。この構想はあっけなく頓挫した。
それから数カ月経ち、ゲーム作りを忘れかけた頃のことだった。いつものように、幼稚園生から小学生の子を持つ息子たちとLINEをしていた。長男が自作のすごろくで娘と遊んでいるとつぶやいた。すると、次男が漢字トランプを作り子供たちと「神経衰弱」で遊んでいる、と返してきた。その瞬間、「これだ!」とひらめいた。漢字の代わりに菌類の画像を貼れば、大学生や病害関係者向けの教育ツールになるのではないか?と。以前、佐藤はイギリスの博物館で様々なキノコの載ったトランプを買ったことを思い出した。その他、虫や恐竜などを印刷したカードもあるが、微小菌類の絵が刷られたものは見たことがなかった。
早速菌類図鑑トランプの試作を始めた。トランプの同じ数字(2~10)とアルファベット(A、J、Q、K)の付いた4枚の札に同属菌の画像を載せることにして、初めは自分が撮影した顕微鏡写真から見栄えの良いものを選んで貼っていった(図2)。それまで、佐藤は主に農業生物資源ジーンバンクなどで様々な植物病原菌を撮影してきたおかげで、合計13属✕4枚+2属(ジョーカー)の写真は、割と苦労せずに貼り終えることができた。また、トランプの裏に載せるロゴマークとして子のう殻と担子器をモチーフにした図も作り(図3)、画像検索で模倣と疑われないことも確認した。さらに、ハート、クラブ、ダイヤ、スペードの代わりに、4大植物病原菌類の有性胞子を基に4アイコンをデザインした(図2、3)。まるで神(カビ?)が宿ったかのように、佐藤はわずか数週間でこの作業を終えた。

図2.顕微鏡写真を貼った菌ジャカの表側(プロトタイプ).

図3.菌ジャカの裏側画像(左、プロトタイプ)とトランプのハート、クラブ、ダイヤ、スペードに代わる菌類の代表的有性胞子の4画像.
この試作ファイルを見て對馬は、必ず受ける!と太鼓判を押し、本番製作にゴーサインを出した。ところが、ここで一つ大きな問題が浮かび上がった。トランプに貼った写真は佐藤の手元にあるとはいえ、現役時代に公費で撮影したものが多く、しかも、培養できる菌の写真はほとんど農研機構農業生物資源ジーンバンクの微生物画像データベースで公開されていた。その注意書きには「本データベースに収録された画像の著作権は農業生物資源ジーンバンクおよび撮影者に帰属します。画像の無断転載、二次利用を禁じます。」と明記してあった。そこで、写真の直接掲載は諦め、それを参考にして描いたイラストに換えることにした。また、同ジーンバンクに利用許諾を申請した結果、幸い利用目的が理解され、写真の出所を明示することを条件に許可が得られた。
それからというもの、佐藤は老眼に鞭打って連日絵描きに明け暮れた。ノートパソコンのモニターに映した顕微鏡写真にトレーシングペーパーを敷き、鉛筆で輪郭を写し取った。それに墨入れをした後スキャナーで画像ファイルにした。これをカードサイズの背景に貼り付けてようやくイラスト版が完成した。
ここで、収益の得られる数量の製品を世間一般に販売するには、真似されないよう商標登録が必要となる。これはHeso+の販売事業で経験のある對馬が弁理士とやり取りして申請にこぎつけた。商売に疎い佐藤にはできない役割だった。
次のハードルは印刷だった。とにかく、なるべく安くきれいに印刷する業者を探さなければならない。以前、文書印刷を頼んだ業者がカード印刷も手掛けていると知り、そこに条件を変えて3回見積りの依頼を出した。しかし、どれも予想より高かった。これでは印刷しても高くて売れない。佐藤は頭を抱えた。しかたなく、ネット検索で他の印刷会社を探した。すると神(カビ?)の救いか、なんとオリジナルトランプをオンラインで受注している業者があった! そのウェブサイトには仕様別の料金一覧が明示されており、発注数を増やせば最初の業者の半分以下で印刷できることが分かった。しかも、透明ケース入りで納品するという願ったり叶ったりのサービス付きだ。佐藤は4種のマークがハート、クラブ、ダイヤ、スペードでなくても問題ないか試しに問い合わせたところ、トランプの形式に収まっていればデザインは何でもOKと言われ、発注を決断した。
同社が提供するパワーポイントのフォーマットに54枚(表)+1枚(裏)を貼り付け、PDFに変換して入稿し待つこと数時間、印刷作業に入る旨と1週間後に納品するとメールが入った。そして納品日、指定時間帯に宅配便が届きクレジット決済が完了していた。
段ボール箱を開封して実物を見た瞬間、佐藤は久々にアドレナリンが全身を駆け巡る感覚に襲われた(図4)。すぐに数十個抱えて對馬との待ち合わせ場所に走った。完成品を見た時の對馬の喜びよう、その後販売について口角泡を飛ばしたことを佐藤は今も忘れられない。この菌ジャカが完成を見たのは、もちろん對馬のリーダーシップが大きい。しかし、もう一人の貢献を忘れてはならない。佐藤の妻は常に冷静に創作の意義を問い、過労に陥ることのないように体調を気遣い、素人の立場から試作品を評価した。對馬が磁石の+とすれば、妻は-であった。おかげで佐藤は無事に創り終えることができた。
菌ジャカ事業のチェックリスト、NPOの営業体制は統括の對馬が整えた。一般購入者用のオンライン販売の窓口はNPOのホームページに置ことを決めた。顧問は鳥谷副理事長と篠原・山田両理事に、企画・広報は鳥谷に、ウェブページのデザイン・作成は山田に依頼し、庶務・会計はHeso+販売事業の担当者が兼務し、コラボ企業として一部のNPO賛助会員に協力を取り付けた。對馬は会員と企業を中心に売り込み、佐藤は自前の人脈を通して業界個人への販売を担当することになった。

図4.菌ジャカ第1セットの完成版.
さて、對馬(NPO)と佐藤で営業を開始して1か月あまり、予想をはるかに超えて売れゆきが伸びている。最初に買ったのは佐藤の参加する大学ゼミの教師と学生・院生だった。中には一度に複数個購入する者もいた。当初予想した通り、実際に植物病理学を勉強し菌類を研究する者には菌ジャカは刺さるようだ。對馬は常々、すべてイノベーションの成否は「担当者の情熱」に尽きると言っている。今回の菌ジャカ創作は、まさに佐藤の情熱、菌への愛、そして次世代に伝えたいという強い思いが原動力となった。對馬と佐藤は54枚のカードがイノベーションを巻き起こすと確信している。ともあれ、今後、専門外の人々にも受け入れられ、実際にプレイしてもらえるだろうか? 世間で評判となり、在庫が売り切れるかどうかはまだカビのみぞ知る、というほかない。
♪ヘッドラーイト テールライート、カビはーまだ終わらぁないー♪ … (完)
以下は余談です。先日、「金菌かるた」の作成を予告したことのある病害研究者に「菌ジャカ」の完成を知らせたところ、「金菌かるた」も開発してほしいという要望が出ました。「菌ジャカ」を絵札とし「金菌かるた」の読み札を改良して公開する準備をしています。将来的には和文(平仮名・漢字)英文併記の読み札も作れば、海外でも利用できるようになると考えています。
締めくくりに一句
菌ジャカで 遊べばいつか かびの神 豊蕈
「菌ジャカ」のご購入、お問い合わせは「菌ジャカ」専用ウェブページからお願いいたします。