有機栽培と慣行栽培は天国と地獄?

 新潟食料農業大学では胎内市のキャンパスに砂丘を削って造成された実験・実習圃場が併設されています。土質を改善するため、造成前の砂丘を覆っていた林床土を圃場に入れたのですが、客土した表土も砂質で有機物が不足していました。2018年の開学当時から、1年生必修の農学基礎実習の中で慣行栽培区と有機栽培区を固定してスイートコーン、エダマメ、トマト(ビニルハウス)の栽培を行っています。つまり、未耕作地に両栽培区を設定して永続的に同じ作物を栽培したらどうなるかという圃場試験を兼ねた実習です。両区とも毎年作付け前に牛糞堆肥を2 t/10a入れ、カルシウム補給とpH調整のため苦土石灰(炭酸カルシウム・炭酸マグネシウム)を120 kg/10a施用しています。両区の最も大きな違いは、慣行栽培区では化学肥料(高度化成肥料14.14.14:スイートコーン-266 kg /10a、エダマメ-95.6 kg/10a、トマトは今回の話に関係しないため省略)を施用するのに対し、有機栽培区では有機肥料(有機アグレット666:スイートコーン-616 kg /10a、エダマメ-223.2 kg/10a)を使用する点です。その他、前者では殺菌剤・殺虫剤など化学農薬を使うのに対し、後者では有機栽培で認められている病害虫防除資材しか使いません。実習の途中では生育調査を、最後に収量調査を行い、両区の結果を比較・考察したレポートを提出させます。私が学生の頃農場実習は農作業の体験が中心で、比較試験のやり方までは実習しなかったと記憶しています。最近はレベルが上がったのか、他の農学系大学の実習についても知りたいところです。

 さて今回は病害の話ではありませんが、慣行栽培区と有機栽培区で目の当たりにした土壌微生物の活性の差について紹介します。3作終了後の2020年の秋、両区をさらに12区ずつに分けて6区ずつ千鳥状にマメ科のヘアリーベッチを緑肥として播種しました(図1)。翌年4月、慣行栽培区と有機栽培区のヘアリーベッチの生育に明らかな違いが現れました。有機栽培区ではヘアリーベッチが青々と生育したのに対し、慣行栽培区では葉が赤っぽく貧弱な個体が多かったのです(図2A-C)。特に、スイートコーン栽培区ではこの差がより明瞭で、エダマメ栽培区では慣行栽培区でも部分的にヘアリーベッチの生育は正常でした(図2A)。スイートコーン栽培区画の両処理区から数個体ずつヘアリーベッチを掘り取って根を調べてみると、有機栽培区のものには複数の根粒ができていたのに対し、慣行栽培区のものにはまったく付いていませんでした(図2D)。一方、エダマメ栽培区画では慣行栽培区のヘアリーベッチにも少ないながら根粒が観察されました。スイートコーン担当の教員が土壌pHを測ったところ、慣行栽培区の方が有機栽培区よりも約1低いということが分かりました。このヘアリーベッチの生育差は何を物語っているのでしょうか?

図1.慣行栽培区(上)と有機栽培区(下)におけるエダマメとスイートコーンの連作区画およびヘアリーベッチ間作の配置(ヘアリーベッチ播種区画の色:緑が濃いほど根粒が着生して生育旺盛、逆に褐色が濃いほど根粒が着生しておらず生育不良)

図2.A:エダマメ・スイートコーンの慣行栽培区および同有機栽培区におけるヘアリーベッチの生育状況、B:スイートコーンの有機栽培区で旺盛に生育するヘアリーベッチ、C:同慣行栽培区における生育不良のヘアリーベッチ、D:同慣行栽培区(左)および有機栽培区(右)から採取したヘアリーベッチ地下部

 化学肥料を連用していると作物が窒素・リン酸・カリを吸収した後にはそれらと結合していた酸が土壌中に残り、徐々に酸性になっていきます。それを矯正するために毎年苦土石灰を施用するわけですが、慣行栽培区では足りなかったようです。化学肥料の施肥量の多いスイートコーン栽培区でその傾向が顕著になったと考えられます。土壌の酸性が強くなると生息する微生物はどうなるでしょうか?真菌にはあまり影響ありませんが、細菌(バクテリア)は酸性条件では生育不良となります。バクテリアである根粒菌はスイートコーンの慣行栽培区で最も生育が悪くなった、というより壊滅的な根粒形成状況からほとんど活動できなかったと考えられます。スイートコーンの約36%しか化学肥料を入れていないエダマメの慣行栽培区では、酸性化がそれほど進んでいなかったと考えられ、根粒形成や宿主の生育があまり抑制されなかったのでしょう。もちろん、根粒は根粒菌と植物の協力により形成されることを考えると、土壌の酸性化がヘアリーベッチの生育に直接悪影響を与えるかも調べる必要はあるでしょう。しかし、ヘアリーベッチの根粒菌にとって有機栽培では居心地がよく、慣行栽培では生きづらかったことは言えそうです。これは理化学的な要因による植物の生理障害(生理病)であり、このまま化学肥料をやり続けるとさらに土壌の酸性化が進んで微生物相に異常をきたし、作物栽培が難しくなることも予想されます。ともあれ、ヘアリーベッチをすき込む前、実物を見せながらこの考察を学生に説明しました。砂地の圃場は概して作物栽培に適しているとは言えませんが、他の土壌よりも施肥処理の影響がダイレクトに出るようで、実習には好都合かもしれないと思った次第です。