己を知り学生を知らば百答危うからず(その10)に引き続き、微生物学概論の講義で受けた質問と回答を紹介します。
問:遺伝子を組換えて品種改良を行うデメリットはあるのか?
答:例えば、コムギにマメ科の耐虫性物質トリプシン阻害剤の遺伝子を組換えた結果、イナゴの幼虫に効果を示したため、栽培したところ成虫には効かなかった例があるように(遺伝子組換え植物の失敗例 – 青山ファーム)、遺伝子組換えが失敗に終わり研究資源が無駄になるリスクがある。また、例えば耐虫性・耐病性組換え体品種が開発されて継続栽培されると、これまでの宿主と病原菌の共進化から明らかなように、いずれそれらを侵す病原菌や害虫が現れるため、より強い抵抗性の組換え体品種を作出しなければならず、生産者も高価な新品種を買うことが繰り返されると考えられる。
問:トランスポゾンは人間が形成された(進化)要因と聞いたが本当か?
答:トランスポゾンは何百万年もの間、人間のゲノムで遺伝子の挿入を繰り返してきた。そして膨大な試行錯誤を経て、人間のゲノムに徐々に組み込まれてきた。その結果、例えばある栄養素を吸収する能力が高まる、特定の感染症にかかりにくくなるなど、何らかの生命上のメリットがあった場合は人間の進化を促したと考えられる。それは他の動物でも同じである(動く遺伝子、トランスポゾンの謎に迫る!【前編】、【後編】 慶應義塾大学)。
問:なぜ微生物による発電には主にユーグレナが使われているのか?
答:微生物が発電に使われているのではなく、火力発電で排出されるCO2を処理するために利用が検討されている。単細胞の微細藻類は高等植物に比べて高いCO2吸収能力(光合成能力)を持っている。中でもユーグレナ(ミドリムシ)は優れた光合成能力を持ち、15~20%の高濃度のCO2中でも光合成を行い生育できる。火力発電所の排ガス(15%前後のCO2を含有)を使ってミドリムシを培養すれば、環境へのCO2排出量の削減につながる(火力発電所の排出ガスを用いた微細藻ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の培養に関する実証実験及び共同研究の開始について ユーグレナ)。一方、100種以上のユーグレナ属藻類からバイオ燃料の生産効率の高いものが選抜され、生産試験プラントが稼働している(「サステオ」=サステナブルな燃料=バイオ燃料 ユーグレナ)。
問:ジベレリンを生成する微生物は植物の成長促進で何かメリットがあるのか?
答:一般的に植物病原菌は腐生菌より早期に植物基質を独占できる利点を持っている。ジベレリンは宿主の細胞内への菌糸侵入に役立っていることが報告されていることから、イネ馬鹿苗病菌Gibberella (Fusarium) fujikuroiを植物病原菌に進化させた要因になった可能性がある(須賀,2018)。さらに、他のイネ苗よりも早く成長させ枯らすことにより、より多くの基質(栄養)を獲得し、早期に大量増殖が可能になるメリットが考えられる。

図1.Gibberella (Fusarium) fujikuroi 左:小分生子の連鎖,中:小分生子柄,右:大分生子,小分生子.
問:遺伝子組換えを人間で行うことの問題点はなにか?
答:まず、狙った遺伝子を組み替えられるか保証がなく、安全性が確立されていない点がある。それはより精度の高い遺伝子操作が可能なゲノム編集でも受精卵に適用する場合は同じである。特定のウイルスに感染しないように細胞表面のタンパク質をゲノム編集で改変した場合は、他のウイルスに感染するリスクが高まることが動物実験で確かめられている。次に、倫理的な問題点がある。受精卵の遺伝子を組換える、あるいはゲノム編集で改変すると、その遺伝的改変は後の世代にも受け継がれ、将来環境が変化したとき思わぬ影響を及ぼす可能性がある。また、ルールも規制もなければ財力や遺伝子組換え技術を持つ者が競争に有利な遺伝子を子孫のDNAに導入することが可能になり、社会に遺伝子格差が生まれる。例えば、スポーツでは遺伝子ドーピングの問題が起きると予想される(“ゲノム編集で双子誕生”の衝撃 NHKサイカル)。
問:これから新しく微生物を利用した調味料や飲料が発見される(発酵食品が増える)ことはあると思うか?
答:甘酒と乳を配合した原料を乳酸菌によって発酵させて製造する発酵飲料、植物性乳酸菌を用いた発酵即席麺(新規小麦粉発酵食品)などのように、発見というより今後も開発が行われ増えることは確実である(澤渡・横田,2005,日本の食文化に欠かせない「発酵」の世界, 農林水産省)。
問:九州の醤油のように甘い醤油は普通の醤油と作り方で何が異なるのか?
答:「甘い醤油」が溜醤油のことであれば、主に原料と熟成期間が異なる。溜醤油は大豆が原料のほぼ100%でうま味が強く、他の醤油は大豆と小麦が約50%ずつで香ばしい香りが特徴である。溜醤油の仕込み水の量は通常の醤油の50%~80%であるためとろみがつく。また、溜醤油は1年以上かけてゆっくりと熟成させるため、甘みを帯びたまろやかで濃厚な味と濃い色合いになる(製法 溜醤油 醤油情報センター)。
問:ワインは昔、船で運んでいる際に発酵した結果できたものだと聞いたことがあるが、他の発酵品を発見した理由もそのようなものが多いのか?
答:ワインは紀元前6,000年ごろ、ブドウ原生地の黒海やカスピ海沿岸で、野生ブドウのジュースが土器の中で自然発酵して最古のワインが生まれたと考えられている(ワインの起源って? 世界のワインをおいしく味わうために押さえておきたい豆知識 楽しいお酒.jp)。当時、黒海やカスピ海を渡る船で運んでいたブドウジュースでそれが起きたことは容易に想像できる。このように、ほとんどの発酵食品の由来は偶然の産物と思われる。魚醤・醤油・味噌・漬物などの原形である醤(ひしお)は古代中国で食品の塩漬け保存の中で偶然生まれた(しょうゆの歴史を紐解く キッコーマン)。
問:納豆菌は大豆を蒸せば生えてくるのか?
答:大豆を蒸しただけで放置しても納豆菌は生えない。昭和期前半まで吸水させた大豆を稲ワラで包み蒸した後、およそ40℃に保温して稲ワラ表面の胞子(100℃でも生き残る芽胞)で生き残った納豆菌(枯草菌)により発酵し、藁苞(わらづと)納豆としてそのまま販売していた。温度管理をすれば今でもこの方法(藁苞でなくても稲藁だけで良い)で納豆を作ることができる(【注意点も】藁をつかった昔ながらの納豆の作り方 無添加ごはん)。現在は、納豆工場で優良種菌を培養して蒸し大豆に混ぜて発酵させており、形だけ滅菌したワラで包んだ「藁苞納豆」が販売されている(わら納豆 水戸元祖 天狗納豆)。
問:ビール製造で行われる単行複発酵は、なぜ糖化と発酵を別々にする必要があるのか?
答:ビール製造では、まず約65℃で麦のデンプンを麦芽アミラーゼで糖化する。この糖を酵母により発酵する際、「下面発酵(ラガー)」方式では約10℃前後、また、「上面発酵(エール)」方式では約15〜25℃に保つ。糖化の適温ではアルコール発酵の酵素が働かず、一方発酵温度では糖化酵素の麦芽アミラーゼが働かないため、糖化と発酵を別々に行う必要がある(ビールの作り方をわかりやすく解説|製造工程を詳しく説明 お酒のあれこれ)。
問:コーヒーの「アンウォッシュド発酵」という製法では酵母を利用し発酵するというのは本当か?
答:収穫したコーヒーベリーの処理法には大別してナチュラルプロセス(アンウォッシュド製法)とウォッシュドプロセス(ウェットプロセス)がある。ブラジル、エチオピア、イエメンなどやロブスタ種コーヒーの産地で行われているナチュラルプロセスでは、収穫後15~35日間の天日乾燥の間なるべく微生物が増殖しないように頻繁に撹拌する。それに対しウォッシュドプロセスではコーヒーベリーの果皮と果肉を除去した後、水に漬けて定期的に攪拌し残った果肉や粘質物を除去する。この水浸時に天然酵母が果肉の糖分を分解し、酢酸菌や乳酸菌などが酸味など独特の風味をかもしていると考えられる。これら2つの処理法を基本として、他にも様々な方法があり、例えばハニープロセスは上記の2処理法の中間的なものにあたる。このように、コーヒー製造にも微生物が関わっている場合がある( ナチュラルとウォッシュドって?コーヒーの精製方法について BLUE BOTTLE COFFEE)。
問:人間は微生物だけ食べて生きられるか?
答:微細藻類のクロレラは乾物としてタンパク質45%、脂質20%、糖質20%、灰分10%、その他ビタミン類やミネラル類を含むため、一時期再生産可能な宇宙食としても検討されたが、そのままでは細胞壁が強固で消化吸収率が悪いなどデメリットがあり、断念された。それだけ食べて生きるには加工や成分調整が必要と考えられる。なお、クロレラに多く含まれるクロロフィルは、分解の過程で光過敏症の原因となる物質を副生するため、摂取し過ぎは控えるべきである(クロレラ ウィキペディア)。一方、日本人の成人男性の1日当たりの平均的摂取カロリーは2,100~3,000 kcalと言われている。担子菌の生シイタケは100 g当たり18 kcalとされているため、1日に約15 kg前後を食べる必要がある。一食5kgもシイタケだけ食べることは困難な上、ビタミンA, D, Kが含まれていないため、それだけではビタミン不足になる。しかし、クロレラなどと組み合わせて食べれば完全微生物食も可能かもしれない(食品詳細 きのこ類/しいたけ/乾しいたけ/乾 食品成分データベース:日本食品標準成分表(八訂:増補2023年)。
問:人に投与する特効薬などは、犬や猫などの動物に投与しても作用するのか?
答:犬や猫は同じ真核生物であり哺乳類なので、共通薬は多い。例えば腸管糞線虫症、疥癬、毛包虫症に処方される駆虫抗生薬のイベルメクチンがある(ストロメクトール(イベルメクチン)の作用機序:疥癬治療薬 役に立つ薬の情報~専門薬学)。
問:同じものを食べても食中毒になる人とならない人がいるのはなぜか?
答:食中毒菌側の要因としては、食品中の食中毒菌の分布は均一ではなく偏りがあり、同じものを同じ量食べても同じ菌数が体内に入るわけではないことが考えられる。また、中毒になる人間側の要因としては、腸内に善玉菌が少ない、ストレスが多い、胃酸が少ない、年齢や体調、食べる量、血液型(例えばノロウィルスの複数の型のうちノーウォーク類似型はB型の人には感染しない)が挙げられる(食中毒になりやすい人の6つの要因 All About健康・医療)。毒キノコの中には調理により食・毒の分かれるものがある。例えば、温暖化に伴い分布の広がっている亜熱帯性のオオシロカラカサタケ(図2;Chlorophyllum molybdites)は、生やあぶり焼きで食べると嘔吐・下痢を起こすが、十分に加熱調理するか茹でこぼした後調理して食べる地域もあるという(Chlorophyllum molybdites Wikipedia)。

図2.小笠原諸島父島の芝地に生えたオオシロカラカサタケ(裏側のひだが緑色を帯びるのが特徴).
問:放射性物質を分解する微生物はいるか? いたら東日本大震災で原子力発電所から生じた放射能汚染物質のバイオリメディエーションに利用できるか?
答:放射性物質を分解する微生物は見つかっていないが、放射線抵抗性のある極限環境微生物にはデイノコッカス・ラディオデュランス(放射線に強い細菌の謎に迫る~放射線により生じたDNAの傷を治すタンパク質の機能を解明~ 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構)、古細菌テルモコックス・ガンマトレランス、放線菌ルブロバクテル・ラディオトレランス P-1株が知られている(自然界における放射線抵抗性菌の分布 放射線利用技術データベース)。除染などで回収した放射性汚染物質を無害化することは難しいが、放射性物質に汚染された水中の放射性セシウムを上記の放射線抵抗性菌で濃縮して除去する研究は行われている。
問:今後農業分野で活躍すると思われる微生物はあるか?
答:減肥効果の高い根粒菌(図3)や窒素固定菌、シアノバクテリア、また、土壌中のリン酸を集めて作物に供給するアーバスキュラー菌根菌(AM菌根菌)などが有望であり、農畜産廃棄物を処理するためにメタン発酵菌なども活躍するのでは(535. 微生物の力で地球に優しい農業を実現 国際農林水産業研究センター)? 一方、土壌病原菌類の細胞壁や植物寄生性線虫の皮膚を分解するキチン分解性の放線菌は土壌病害の予防に、さらに植物体内に生息する内生菌(エンドファイト)は今後病害虫防除に利用が広がると予想される(農業に役立つ微生物。それぞれの性質と効果について解説 Think and GrowRicci 農業の未来を実現する)。

図3.ダイズ根粒の断面(酸素と可逆的に結合し根粒菌の活動を支える色素タンパク質レグヘモグロビンにより内部が赤褐色を呈している).